若狭がたり わが「原発」撰抄 水上勉 著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

若狭がたり―わが「原発」撰抄

『若狭がたり―わが「原発」撰抄』

著者
水上勉 [著]
出版社
アーツアンドクラフツ
ISBN
9784908028182
発売日
2017/03/01
価格
2,376円(税込)

書籍情報:openBD

若狭がたり わが「原発」撰抄 水上勉 著

[レビュアー] 川村湊(文芸評論家)

◆変わる海、山、人の心

 水上勉氏とは生前一緒に中国へ行ったり、酒食を共にしたが、原発について話したことはなかった。評者に原発など、興味も関心もなかった(今は違う)からだが、話題になったこともない。

 3・11の福島原発事故の時、真っ先に話を聞きたいと思ったのは、すでに亡き水上氏だった。氏が故郷の若狭に林立した原発に批判的な思いを持っていたのは知っていたが、エッセイはともかく、小説で原発を取り上げていたことは知らなかった。長篇『故郷』と短篇「金槌(かなづち)の話」を読み、ようやく氏の原発への思いを少しは知ることができた。貧しい若狭の農漁村の次三男坊は、水上氏のように寺の小僧に遣(や)られ、娘は『五番町夕霧楼』の夕子のように、遊女として売られる。それは極端だとしても、若狭の零細民たちの貧しさと悲しみとが、水上文学の中心テーマであることは疑いようがない。

 その若狭の海と暮らしを原発が変えた。岬の先端に怪物のような巨大な建築物が現れ、不気味で危険な施設で作られる電気は都会の享楽的な生活のために湯水の如(ごと)く蕩尽(とうじん)される。海も山も、そして人の心も変わる。水上氏にはそれが耐えられなかった。二篇の小説と、原発以後の若狭の風土を描いた文章を収めた本書を読めば、水上氏が決して単純な反原発派でなかったことがよく分かる。そして、最も強靱(きょうじん)な反原発派であったことも。

 (アーツアンドクラフツ・2160円)

<みずかみ・つとむ> 1919~2004年。作家。著書『雁の寺』『飢餓海峡』など。

◆もう1冊 

 水上勉著『故郷』(集英社文庫)。故郷の若狭で老後を過ごしたい夫婦が見た過疎化や原発銀座の現実を描いた小説。

中日新聞 東京新聞
2017年3月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク