【ニューエンタメ書評】谷治宇『さなとりょう』、宮西真冬『誰かが見ている』ほか

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  • お師匠さま、整いました!
  • 明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業
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ニューエンタメ書評

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

暖かい日が続き、ゴールデンウィークもやってきました。
友達、恋人、家族と沢山の思い出を残したいですね。
今回は、時代小説デビュー作をはじめとする9作品をご紹介します。

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 今年の歴史・時代小説界は、新人ラッシュで始まった。とにかく次から次へと、有望なデビュー作が出版されているのだ。たとえば、谷治宇の『さなとりょう』(太田出版)。作者は漫画原作者で、時代小説はこれが初めてとのことである。
 明治六年の秋。桶町の北辰一刀流道場を、りょうという女が訪ねてきた。自分は坂本龍馬の妻であり、夫を暗殺した犯人を捜すために上京してきたと、彼女は話す。これに驚いたのが、道場主の娘の千葉さなである。なぜならさなは、自分が龍馬の許嫁であったと、信じていたからだ。傍若無人なりょうに反発しながらも、いつしかさなは一緒に、龍馬暗殺の真相を調べ始める。だが、ふたりの行く手には、恐るべき闇が待ち構えていた。
 維新回天の立役者である坂本龍馬の妻と許嫁が、コンビを組んで暗殺事件の真相を追う。この設定が抜群だ。しかし本書は、設定だけで終わらない。さなとりょうのキャラクターの魅力と、興味を惹くストーリーで、先へ先へと読ませるのだ。さらに暗殺事件の部分も見事。二段構えの真相で、読者をぶっ飛ばしてくれるではないか! いきなり、とんでもない才能が現れたものである。
 泉ゆたかの『お師匠さま、整いました!』(講談社)は、第十一回小説現代長編新人賞受賞作。茅ケ崎の浄見寺で、寺子屋の師匠をしている桃。歳の離れた夫の後を継いでのことだが、本人はそれほど学問が好きなわけではない。寺子屋一の秀才で算術好きだが、生意気な鈴という少女を、いささか持て余している。そんなとき、酒匂川の氾濫で両親を失った春という女性がやってきた。まだ若いとはいえ大人なのに、寺子屋に入りたいという春。それを受け入れた桃だが、彼女は算術の天才であった……。
 天才と出会ってしまった鈴の苦悩。両親の死に関するトラウマを抱えている春。彼女たちとのあれこれを通じて、自分に何ができるか再確認していく桃。三者三様の女性の成長が、気持ちのいい読みどころになっている。また、南町奉行の大岡越前守が登場するのだが、このような使い方をした作品を見たのは初めてだ。ここも評価すべきポイントとなっている。
 さとみ桜の『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業』(メディアワークス文庫)は、第二十三回電撃小説大賞銀賞受賞作だ。新旧の文化が入り混じる、明治九年の東京。元奥祐筆の父を持つ井上香澄は、日陽新聞社に乗り込んだ。新聞の記事が原因で、友人が奉公先を変えざるを得なくなったことを怒ってのことである。だが記事には裏があった。これが縁になり、記事を書いた内藤久馬と、小屋掛け芝居の人気役者・芝浦艶煙と知り合った香澄は、困った人を助ける彼らの裏仕事を手伝うことになる。
 本書は短篇四作で構成されている。好色な商家の主人が掛け軸の怪に怯える「女の掛け軸の怪」、傲慢な貴族の若君が黒髪の怪に襲われる「髪鬼の怪」、歩く死体の謎に久馬たちが挑む「さまよう死体の怪」など、妖怪や幽霊絡みの騒動をユニークな手法で扱っているのが、ひとつの読みどころだろう。また、ラストの「神隠しの怪」は、百物語を告白の場として、数年前に起きた神隠し事件が明らかになっていく。この展開は巧い。もう少し、各ストーリーに捻りが欲しい気もするが、これはこれでいいのだろう。ライト文芸ならぬ、ライト時代小説というべきか。今後、このような作品が増えていくと思われる。
 もちろん歴史・時代小説以外でも、注目すべきデビュー作がある。宮西真冬の『誰かが見ている』(講談社)は、第五十二回メフィスト賞受賞作。四人の女性を主人公にした“嫌ミス”だ。
 幼い子供を愛することができず、ブログに偽りの育児生活を書いている榎本千夏子。新婚なのに夫とのセックスレスに悩む宇多野結子。職場のストレスで過食症になっている保育士の若月春花。優しい夫と娘に恵まれ、高級マンションで暮らす高木柚季。四人はさまざまな形で他の誰かと繋がっていたが、柚季を除く三人は、精神的に追い詰められていく。さらに柚季にも、隠された事情がありそうだ。そして不穏な空気が強まる中、ある事件が起こるのだった。
 作者は、それぞれの女性の人生がリンクしていく過程を、千夏子・結子・春花の三人を中心にして、克明に綴っていく。彼女たちが追いつめられていく様はリアルな痛みに満ちている。でも、それがいい。他人の不幸を盗み見るような、暗い愉悦を覚えるのである。
 さらに本書の後半が凄い。第四章の終盤からサプライズのつるべ打ちで読者を翻弄しながら、嫌ミスとしては予想外の場所に着地する。なるほど、これこそが最大の企みだったかと感心した。
 見鳥望の『僕の諭吉おじさん』(主婦の友社)も新人のデビュー作だが、出版までにいささかの曲折があった。まず本書の第一章の部分が、短篇としてネットの小説投稿サイト「小説家になろう」にアップされたのだ。シングルマザーの母親から渡された一万円札。自由に使っていいといわれた小学生の息子は、いろいろ迷った末、一万円札を使うことなく母親に返す。それから歳月を経て高校生になった息子は、ある出来事によって、一万円札の真実を知ることになるのだった。
 というストーリーは、意外なオチに驚く、完成度の高い短篇ミステリーであった。だから書籍化の話を聞いたとき、どう話を膨らませるのか興味を抱いたが、こういう方向に行くとは……。なんと過去の出来事により心を閉ざし、社会の片隅で蹲るように生きる息子と、その周囲の人々の再生の物語へと変貌を遂げていたのだ。大人になった息子を救う人物の設定が凡庸であることなど、注文をつけたい部分はあるが、人間ドラマをきっちりと描き切った作者の意欲を買いたい。いわゆる“なろう小説”ということで、一般の知名度は低いようだが、もっと知られてほしい作品なのである。
 さて、新人はこれくらいにして、他の作家にも目を向けよう。鳴神響一の『天の女王』(H&I)は、十七世紀のスペインとローマを、サムライ・コンビが駆け抜ける、歴史ロマンだ。慶長遣欧使節団の一員だったが、スペインに残ったサムライふたり。女好きの小寺外記と、金にこだわる瀧野嘉兵衛は、コンビを組んで仕事をしている。馬車の護衛を務めたのが縁で、スペイン王のフェリペ四世と対面したふたり。さらにイザベル王妃の依頼で、ローマにあるという彼女の秘密の日記を取り戻すことになる。宮廷画家ベラスケスの妹ルシアを道案内役に得て、外記と嘉兵衛はローマを目指すのだった。
 異邦の地に残った慶長遣欧使節団のサムライという史実を踏まえ、作者は痛快な活劇を繰り広げた。日記奪回の冒険を描く前半から、予想外の後半まで、外記と嘉兵衛が紙幅狭しと躍動する。当時のスペインの状況や、多数の実在人物を組み込んだストーリーも鮮やか。スペインを愛する作者だから書けた良作だ。
 なお、踵を接するように発売された、『影の火盗犯科帳〈三〉伊豆国の牢獄』(ハルキ文庫)も面白かった。鳴神響一、絶好調である。
 梶尾真治の『たゆたいエマノン』(徳間書店)は、ご存じ「エマノン」シリーズの最新刊。地球の生命進化の記憶を持ちながら、旅を続ける少女エマノンと、彼女にかかわる人々を描いた、五つの物語が収められている。
 本書の特色は、『おもいでエマノン』収録の「あしびきデイドリーム」で初登場した、時空を跳躍して何度もエマノンと会う“ヒカリ”の出てくる話が三篇あることだろう。特に冒頭の「たゆたいライトニング」は、味わい深い。エマノンとヒカリの交誼を通じて、天地創造から現代に至る生物の歴史が綴られているのだ。続く「ともなりブリザード」で、エマノンの絶望的な孤独が露わになっているだけに、ふたりの関係にほっとさせられた。また、無法地帯となったアフリカを舞台に、SFならではのアイディアを使って、人間の愚行を剔抉した「さよならモイーズ」も、強い印象を残してくれた。
 平山夢明の『デルモンテ平山の「ゴミビデオ」大全』(洋泉社)は、小説ではない。かつて作者が“デルモンテ平山”名義で「週刊プレイボーイ」に執筆していた、ビデオソフトの紹介記事をまとめたものだ。ただし取り上げているビデオが、どれもこれもZ級作品(なかにはB級もある)である。『死刑執行ウルトラクイズおだぶつTV』『夜霧のジョギジョギモンスター』『快楽美女集団 ボイ~ンってやっちゃうよ!』などのタイトルからも、内容は察せられるだろう。それをハイテンションな文章で、おちょくりながら、作品の本質を突いたりする。なんでもかんでも発売された、八〇年代ビデオ・バブルの生き証人ともいうべき一冊だ。
 最後は、ちょっと自著のコマーシャル。今年の二月に、『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』(河出書房新社)という、歴史・時代小説のガイドブックを出版した。最初に考えていたタイトルは『ネタバレ御免! ぶっ飛び時代小説ガイドブック』というものであった。
 いや、ネタバレしないと本質的な魅力を語ることのできない作品があるではないか。だったらネタバレ全開で行こうと思ったのである。それから、ぶっ飛んだ物語を並べることで、歴史・時代小説というジャンルの持つ巨大な可能性を知らせたいという目的もあった。
 しかも、作品セレクトが趣味全開だ。羽山信樹の『流され者』、宮崎惇の『魔界住人』、鳥海永行の「球形のフィグリド」シリーズなど、普通、この手のガイドブックで取り上げられることのない歴史・時代小説がてんこ盛り。自画自賛でお薦めしておく。

角川春樹事務所 ランティエ
2017年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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