又吉直樹×壇蜜「尽くす女、嫉妬する男」〈『劇場』刊行記念対談〉

対談・鼎談

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劇場

『劇場』

著者
又吉 直樹 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103509516
発売日
2017/05/11
価格
1,430円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

尽くす女、嫉妬する男

嫉妬の解決法は

壇蜜 沙希さんが尽くす女なら、永田さんは嫉妬する男でもありますね。恋愛ではなく仕事面で、芸人さんってやはり嫉妬……しますよね?

又吉 僕は高校卒業して、よしもとの学校(NSC東京校)へ入ったんですが、そこには五百人弱いましたかね。成績優秀者だけがライブに出られたり、選抜クラスに振り分けられたりする中で、みんな嫉妬を感じていたと思います。

壇蜜 芸人さんが己が保てないくらい嫉妬した時は、ひたすら相手の受けているネタを見るしかない、って話を聞いたことがあります。本当ですか?

又吉 それは一例だと思います。僕はデビューしたての頃、嫉妬みたいな感情があったんです。同世代で世の中へ出て評価されている人を見てね。「あれ、自分がああなると思っていたのに、そうじゃなかった。自分はあっち側の人間じゃなかったんだ」と理解して受け入れるまでは嫉妬みたいな感情はありました。だけど、それ以降はあんまりないというか、そんな考え方をしないようになりましたね。ところが、そこに後ろめたさがあるんですよ。つまり、「なんで永田みたいに、全てを直視して、きちんと真っ向から傷ついていかへんねん」という声が僕の中にあるんです。

壇蜜 永田は額の向こう傷とか多そうですもんね。嫉妬するのを分かってても、正面から見ていくから。諦めても、まだ前を見るから。

又吉 僕も逃げるつもりはないけど、ちょっとズラして考えたりするじゃないですか。ハッキリ傷つく前に、「あいつらと自分は違う。じゃあ、何があんねんやろ。とにかく、自分の好きな事やるしかない」みたいな結論になるのが早かったりする。それを永田は全部受けに行くし、周囲にも当然「何逃げてんねん」って厳しくなるし。

壇蜜 永田の劇団の女優だった青山さんはいい餌食になりましたね。彼女は永田を傷つけもするわけですが。

又吉 僕からしたら、青山はわりと正論を言っているんですよ。でも、「そこまで言ったら反感買うよ」と思える発言を繰り返す永田には頑張ってほしいというか、僕は嫌いになれない。自分の周囲を見ても、僕をすごく気持ちよくさせてくれる人より、「なんでわざわざ、ちょっと傷つけてくんねん?」って人の方が友達に多い気がする(笑)。壇蜜さんは仕事面の嫉妬ってありますか?

壇蜜 二十九歳でデビューした当時、「君は土俵が違うから、他の子たちとは比べられないからね」って、DVDの監督やカメラマンからさんざん言われてきたんです。「君は浜辺で走って、バランスボールに乗ってはしゃいだり出来ないから」と。おかげで私は端からいろいろ諦めたので、「どうしてあの子には、あんな仕事があるのに、私だけずっとシャワーホースを体に巻きつけてロデオマシーンに乗らないといけないの」って嫉妬せずにすみました。

又吉 独特なお仕事をされてきましたね(笑)。

壇蜜 最初に「比べられないからね」と頭ごなしに言われたのが、結果として非常に良かったんです。言った人は、きっとヌードのDVDを撮りたいためにコントロールしようと思っていたのでしょうが、私の道が逸れていったので、いい教育だけしてくれて卒業した感じです。

又吉 それはラッキーでしたね。僕が嫉妬していた頃、「比べられないからね」と自分で思えるまで、やっぱり一、二年かかりました。今でも「それ、言い訳ちゃうか」「そう思うてるの、自分だけや」とか考えが揺れる時もありますからね。

壇蜜 本当に幸運だったと思います。毎回、ものすごく「君は勝負するところが違うんだから」とか言われ続けて。だから、コントなのかエロティックなのかよく分からないような撮影も「まぁ、いいか」と出来たんでしょうね。嫉妬は自分を成長させもするけど、ストップもさせますしね。

又吉 嫉妬で立ち止まってしまうマイナス面の方が多いかもしれないですね。最近は、何か言われていますか?

壇蜜 私たち、同い年ですよね(一九八〇年生れ)。そろそろスポーツ選手だと引退する人も多くなってきて……。

又吉 お笑いで活躍している人は、マラドーナと同じ年代の人が何人もいらっしゃるから感覚が麻痺しそうになるけど、自分のことで言うと、体力や集中力がいつまで持つかなと思いますよね。

壇蜜 畑は違いますが、私も「今のままでいけるわけないじゃん」と思っています。すぐに劣化とか衰えとかって言われるだろうし。それでマネージャーに「いつまで出来るか分かりませんよ」って言ったら、「あ、大丈夫。しれっと脱げばいいんだから」と。これは「おお、第三者の意見!」って刺激になりました。

又吉 周囲に恵まれていますね(笑)。

壇蜜 又吉さんは恋愛方面ではあまり嫉妬されませんか?

又吉 昔はしていたけど、だんだん、「そもそも、なんで自分が好かれているっていう前提にしてたんやろ」と思うようになって、嫉妬しなくなりましたね。壇蜜さんは?

壇蜜 心のコスプレとして、わざと嫉妬することはあります。

又吉 三十六、七歳の男って、あんまり嫉妬せえへんのかなあ……。嫉妬しないということは、半身しか乗っていないというか、「まあ、こいつも他所で何してるか分らんし」とかわざと思って、自分が傷つかないように、半分くらいしか己を捧げていないのかもしれないですね。

壇蜜 私、敢えて「前の彼女になんて呼ばれていたの」って訊いて、その呼び名で呼んでいる時もありました。実は『劇場』の主人公と同じ苗字の人でしたが、彼を前の彼女のおかげでしばらく「ながにゃん」と呼ぶハメになりました(笑)。

又吉 いま思い出したことですが、お付合いしていた人の町へ遊びに行ったことがあるんです。高校時代のことです。そしたら、ある男の人にバッタリ会ったんですが、彼が僕とそっくりだったんですよ。見た目、恰好、坊主頭、もみあげの感じ、ママチャリの自転車と(笑)。彼女は決してその人を見ないし、その人も「あっ」みたいになっていて、僕は「ああっ、もうこれ一〇〇%そうやろ」と思って。それで実際、そうだったんです。

壇蜜 あ、彼女に訊いたんですね。

又吉 何となく訊きました(笑)。で、僕はその人に似ていたから、彼女に選ばれた可能性が高いな、と気づいた。体型もサッカー部の筋肉のつき方をしていたし、プロフィール書いたら、あの人とほぼ一緒やなと(笑)。

壇蜜 嫉妬しましたか?

又吉 しなかったと思います。ま、ちょっとショックはあったかもしれないです。「彼女の好きなタイプやから、二人は当然似ている」のならいいけど、向こうがオリジナルで、コピーとしてこっちが発見されたのなら嫌やなと(笑)。でも、いま久々に思い出したくらいなんで、そんなショックじゃなかったですよ。その夜、電気消した時に、ちょっと考え込んだくらいです。

壇蜜 お話を伺っていて思ったのは、永田は又吉さんみたいに明るく解消できる思考回路がないから、ひたすら内向してウジウジしちゃうんでしょうね。

又吉 だからまあ、永田は僕じゃない、ってことです(笑)。

壇蜜 永田は「まだ知られてなかった素顔の又吉直樹さん!」じゃないと(笑)。

新潮社 波
2017年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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