<東北の本棚>徴傭漁船の悲劇克明に

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海鳴りの果てに

『海鳴りの果てに』

著者
新関 昌利 [著]
出版社
文芸社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784286179186
発売日
2017/04/01
価格
1,320円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<東北の本棚>徴傭漁船の悲劇克明に

[レビュアー] 河北新報

 太平洋戦争で物資の輸送や敵の監視に当たるため、国によって民間漁船が駆り出された。戦場の前線で任務に当たる危険にさらされ、命を失った乗組員も多い。「徴傭(ちょうよう)漁船」と呼ばれた。戦史でも触れられることがほとんどなかった徴傭漁船の実態と乗組員の決死の思いを小説にまとめた。生存者の証言や史実を踏まえた生々しさが浮き彫りになった力作だ。
 著者は、戦史の影としてほとんど知られることのなかった徴傭漁船の実情を長年にわたって研究。その過程で知った事実の重さや無念の思いを抱き亡くなった人たちの心情をフィクションという表現方法の中で昇華させた。
 著者によると、徴傭漁船の船員は延べ10万人以上で、そのうち戦没者は6万2000人を超えるという。軍人のみならず漁船員をも戦闘に巻き込み、悲劇の連鎖を生んだ戦争の悲惨さが、練られた筆致と丹念な事実の積み重ねで描かれている。
 主人公は海軍予備三等水兵の阿部輝夫。戦況が悪化する中、阿部が乗り組んだ漁船「宝勝丸」も徴傭漁船として駆り出され、指定された海域を哨戒する任務に就く。1945(昭和20)年7月、宝勝丸は北海道と青森県を結んで物資を輸送する任務に当たったが、米軍機に猛攻撃され、壊滅的な被害に遭う。
 通信担当を任された阿部は、米軍の圧倒的な戦力の前に多くの仲間を失い、九死に一生を得る経験をする。極限状態でも、希望を失わずに生き抜こうとする阿部らの姿が胸に迫る。
 著者は「『知られざる漁船』の戦いを知り、戦争とその時代に生きた人々の姿を思い起こす手掛かりになることを願ってやまない」と後書きに記している。
 著者は1935年岩沼市生まれで仙台市太白区在住。元小学校長。戦没船を記録する会所属。
 文芸社03(5369)2299=1296円。

河北新報
2017年8月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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