私の好きな星新一 新井素子×村田沙耶香・対談

対談・鼎談

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【星新一フェア開催記念対談】私の好きな星新一 新井素子×村田沙耶香

400字詰め原稿用紙で10枚程度、わずか10分ほどで読み終えられる短い文学「ショートショート」を1001編以上発表した星新一さん。今年は、星さんのデビュー60年、没後20年の節目の年にあたります。星作品の魅力を大のファンであるお二人に語っていただきました。

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新井素子×村田沙耶香
新井素子×村田沙耶香

■初めての星新一

新井 私が星さんの作品を初めて読んだのは、中学一年だったと思います。そのときちょうど、奥歯がすごい虫歯で、痛くてたまらなかったんです。土曜日か日曜日だったので、歯医者さんはお休み。痛み止め飲んで、歯をずっと冷やしてたんだけど、痛いときって痛い痛いって思ってるといつまでも痛いんですよ。で、そのときに星さんの本を読み始めていて、ふっと気が付くと二時間たってたんです。痛み止めも効いてて、歯が痛くなくなってて。そのときに、こんなすごい小説ってあるんだって思ったんです。痛み止めが効くまでの二時間、痛みを忘れさせてくれる小説っていうのは、ずっと私の夢です。いつかそういうの書きたいな、というのが。

村田 とても素敵な出会いですね。私が最初に手に取ったのは小学校三、四年くらいのときだったと思います。家はニュータウンの小さな一戸建てだったのですが、兄が好きな星さんと母の好きなアガサ・クリスティが並んでるっていう本棚があったんです。それで手に取ったんだと思います。それが一番最初です。

新井 私が歯痛のときに読んだ本は、『妖精配給会社』でした。とにかく時間が飛んじゃった。とても、面白かったんですよね。私、一九六〇年生まれなんですけど、私の世代はほぼ確実に中学生のときに星さんを読んでるんです。私たちが中学一年になるかならないかの辺りに『ボッコちゃん』が新潮文庫に入ったんですよ。

村田 私が初めて読んだ本は、表紙で覚えてるんですけど、『未来いそっぷ』です。いそっぷっていう響きが多分、子どもでも読めるって思って手に取ったっていうことなんだと思います。私は、そのとき少女小説ばっかり読んでいて、少女小説家になりたいとすら思っていたので、こういう本当の大人向けの文庫本というのを初めて読んだ気がします。それですごく面白かったのを覚えてます。

■星新一の魅力

新井素子
新井素子

新井 星さんのお話って、初期の頃の発想がものすごいものと、中期くらいの話を転がしていくタイプの作品があるんですね。「四で割って」(『おかしな先祖』)とか。ああいうお話の転がし方がとても好きです。たとえば、みわけのつかない鞄が二つあって、お互いに相手の前で鞄をあけられず、ごたごたしているうちに鞄の数がどんどん増えてゆくみたいなエピソードを、転がして転がしてお話にしちゃう辺りの手腕がものすごく見事だなと思うんです。ああいうお話書きたいなって思うんですけどなかなか書けませんね。

村田 私はちょっとSFっぽい漫画と、タイムマシンや背後霊の男の子とか宇宙人が出てくる少女小説をよく読んでいたので、星さんの作品は、あまり遠い世界の感じはしませんでした。映画とかだと、宇宙人がすごい音楽と宇宙船で大々的にやって来る印象があって、けれど星さんの本だとひょいっと来る感じがすごく好きで。トントンってノックをして、どこかの何とか星人がやって来るみたいなのが、私にはしっくりきたんです。

新井 私の世代だと、お話を書きはじめの頃って、結構みんな星さんに影響されて、ショートショートを書いていたんです。自分ではうまく書けていると思うんですが、母なんかに読ませると、「分かんない」って言われる。こんな分かりやすく書いてるのにどこが分かんないんだろう、と思うんですが、なんかの試しに、ふとその前に読んだ星さんのショートショートのあらすじをしゃべってみたんですね。どうせ母は私のことばかにしてるから分かんないって言うだろうと思ったら、「素子、それ書いてみなさいよ」って言われて。こりゃ駄目だ、と思って。だから読んだ人が分かるように書かなきゃいけないっていうのはものすごく意識しました。つまんないはいいんです、まだ。ここが嫌いだもいいんですよ、まだ。でも、分からないが来ちゃったらもうどうしようもないんです。とにかく、分からないだけはやめる。分からないは作家の恥、と思うようにしてます。

村田 素晴らしいですね。心に刻まれる言葉です。

新井 ありがとうございます。

村田 星さんの作品はすごく面白い。でも、ああ面白かったで忘れてしまう小説は、いっぱいあると思うんですが、自分への疑いとか人間への疑いとか、世界への不思議さとか、未知のものへの好奇心とか、人間がすごくおろかなことをしてそれが奇妙にかわいかったりとか、そういうことがずっと残ってるんですよね、星さんの作品は。読みやすくて面白いのはもちろんなのですが、でもそれだけじゃなくて残るものがあるし、自分の何かを壊す、自分に疑いを掛ける、自分自身を疑わせる力がある。説得力がある。だから、そういうものにすごく憧れがあります。星さんみたいな、私のような子どもが読んでも読める面白い小説を書く方が、それをちゃんと突き付けてくれる。本当に面白い小説には絶対にそういう力があるんだっていうことが残っています。小説にとって絶対すごく大事なものとして、自分に残っていると思います。

■星新一と文体

村田沙耶香
村田沙耶香

村田 さっきは言わなかったんですけれど、兄が新井さんのすごいファンだったんです。星さんの話をその新井さんとしているなんて、兄が知ったら気絶するかもしれません。

新井 ありがとうございます。

村田 新井さんの作品は、自分自身も大好きで、少女の頃お小遣いで買って夢中になって読んでいました。なので、きょうお会いできたことがとてもうれしいんです。実は、恥ずかしながら、小学五年生か六年生くらいのとき、ワープロで、星さんや新井さんの文章の真似をして小説を書いていたことがあるんです。もちろん、真似なんてできないんですけどね。

新井 早い。

村田 ワープロで小説を書いて、「エヌ氏が」とか、「あたし」とか、星さんや新井さんっぽい文章を真似して一生懸命書いて、印刷していたんです。そういう遊びをしてたのを覚えています。

新井 小学生で、ワープロで印刷しちゃうんだ。

村田 うれしかったんですよね、自分の考えた文章が印刷されるのが。

新井 原稿用紙だとどうしても、見えるのは、自分の汚い字ですもんね。

村田 大好きな星さんと新井さんって二人の作家さんを見ても文章が全然違うので、文体って言葉にすごく憧れたんです。自分の文体が欲しいってすごく憧れて。それで星さんっぽい文体とか新井さんっぽい文体とか、他の好きな少女小説家っぽい文体のものとかを書いたんです。いまだに、自分の文体というものは見つからないんですが。

新井 そんなことはないですよ。私の文体は意識して、自分で作った文体なので、自分の中で定着するまで、三年ぐらい掛かったんです。地の文でもそれをやっちゃいましたが、普通に喋りたかったんですね。小説の文章みたいな会話をしてる人は世の中に誰もいないだろう、と思ったので。でも、普通に喋っているように書こうかなと思ったところ、とても難しいんですよ。色々やってみて、結局、文章を短くすればいいやってことに気が付いたんです。星さんの文体は、ものすごく品がいいんですよね。

村田 気品がありますよね。

新井 上品なんです。

村田 全然、真似できないんですよね。

新井 あの文体って、星さんという人間の本質だからですよ。あの方、本当に、本当に品のいい方だったので。あの品の良さは普通の人には出せません。

村田 そうなんです。エヌ氏とか真似して言葉を入れることはできるんですが、言葉の気品みたいなものとか、キレのいい感じとか、言葉がピッとしてる、凜としてる感じとか、そういうのは子供ごころに、絶対に、大人になっても出せるものではないってことに気が付いていたんですね。

■私の好きな星新一作品

新井 これね、ものすごく日によって違うこと言っちゃうんですけど、私は。ファーストインパクトの問題もあるんですけど、「ボッコちゃん」はすごいですね。あとやっぱり「午後の恐竜」と「鍵」(『妄想銀行』)。大体この辺りは誰が選んでもベスト5に入るぐらいの作品なんですが。個人的には「包囲」(『ボッコちゃん』)も。でも、やっぱり「鍵」かなあ。いや、違うかも。

村田 難しいですね。「暑さ」(『ボッコちゃん』)はすごく好きです。警察に男が来て、サルを殺したから逮捕してくれ、っていう作品です。あと、ずっと覚えているのが「オフィスの妖精」(『未来いそっぷ』)。何となく人間ではないものに対して、親しみとか愛情とか、はらはら泣かれてしまったらきゅんとしてしまったりとか、そういうのが自分にもすごくあるような気がしていて、何度もずっと思い出すんです。それと、やはり「鍵」はすごく好きですね。

新井 一〇〇一編もある中から選びきれないですよね。でも、初めて星さんの作品を読むという人には、『ボッコちゃん』をお薦めします。やはり、星さんの原点ですから。

 (二〇一七年一〇月一三日、新潮クラブにて)

新潮社 波
2017年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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