ビールが甦らせたバベルの呪い――暖あやこ『14歳のバベル』

レビュー

8
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14歳のバベル

『14歳のバベル』

著者
暖 あやこ [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103508526
発売日
2018/02/22
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

ビールが甦らせたバベルの呪い

[レビュアー] 小谷真理(SF&ファンタジー評論家)

 米国滞在中、中西部はウィスコンシン州のご当地ビール(エール)を試し、その絶妙な味わいに衝撃を受けた事がある。当然ヨーロッパから持ち込まれたビール技術が駆使されていたのだろうが、欧州産とはかなり違っていた。素朴で、苦さもコクもワイルドだった。そう言えば、日本のビールは湿気の多さを吹き飛ばすような、切れ味のいいタイプが多いと気が付いた。こんなわけで、いつの間にか様々な種類のビールを楽しむカルチュアに親しんでいた。だから、物語の中に登場するビールのことも、気になる。

 例えばビールはファンタジーと相性がいい。かのトールキン先生の一大ファンタジー『指輪物語』には、ホビットというビール好きの小人が出てきて、しょっちゅう飲んではしゃべっている。会話にはビールがつきものなのか。そして、ここが重要なポイントなのだが、冒頭、異世界ファンタジーっぽいイントロを持つ本書でも、ビールは最重要アイテムになっている。

 タイトルに14歳とあるので、未成年とビールがどう関係あるのか、と不審に思うかもしれない。でも未成年が飲酒するわけではない。主人公たる冬人少年の父親・吾郎の勤め先が、大きなビール会社なのだ。そして、舞台となっている近未来では、ビールがもてはやされている。ビール好きにはありがたい話だが、ただし、一筋縄ではいかない仕掛けがある。

 八年前にとんでもなく大きなサイバーテロが勃発し、国民全員がトラウマ的な状態にある世界というのだ。つまりポスト3・11の現代をうかがわせる設定である。国内には封鎖された汚染地帯があり、住民の強制移住があり、なんとサイバーテロへの教訓からPCやインターネットが禁止されている。

 コンピュータもスマホもない世界だなんて、まさにバベルの呪いがかかったようとしか言いようがない。だからこそ、そんなアナログ世界のなかでイエローフライデーというイベントが設けられ、七月の第三金曜日に縁起担ぎで人々は黄色いものを身につけ、そして黄色い飲み物を飲む。かくしてビールは珍重され、冬人少年の父は仕事に邁進している、というわけなのだ。だが、やがてこの父子は、とんでもない事件に巻き込まれていく。

 冒頭のファンタスティックな出だしと、冬人少年のあまりにも異常な(?)繊細ぶりに、これは100%ファンタジー・テイストな作品かと思って読み始めたら、全く予測は外れた。白昼夢のような世界からロジカルな現実感へと転換するのだ。次第に世界情勢が見え、事件がくっきりと浮かび上がってくる。この展開はなるほど、前著『遠く海より来たりし者』を彷彿とさせる。前作は、マッドサイエンティストをターゲットにしたサイエンス・サスペンスだった。離島で行われた禁断の実験と破棄の実態を、製薬会社の社史編纂室のメンバーが解き明かす、という趣向で、ミステリっぽい出だしだったのに、サイエンス志向と進化論方面に話題がグイグイと進んでいって、ホラー風味のSFという読後感だった。

 本書では、壮大な歴史観を垣間見せながら、現実的な考察へと突き進んでいくが、特に大きな主題は、コミュニケーションの問題、つまりバベルの呪いの物語である。よく知られている通り、バベルとは、古代都市バビロンのヘブライ読みで、バベルの塔は旧約聖書の創世記に登場する塔のことを指す。バビロンの民が、天に届くほど高い塔を作り上げようとする。すると、そんな不遜な望みに対して、神が怒り、人の使う言葉を互いに通じないようにしてしまうのだ。かくして工事は頓挫し、塔は打ち捨てられる。

 ユーフラテス川流域では今も発掘調査が進んでいて、伝説の真相を長きにわたって調べているそうだが、伝説に描かれたコミュニケーション障害という問題自体は、人類史上いつでも身近な関心事だったのではないか。本書の場合、冬人少年は学校でも対人関係で苦労しているが、それ以上に大変そうなのは、親子間のコミュニケーションだ。ぎこちない親子の関係性にはらはらしながらも、その一方で、バベルの塔を作ったとされるバビロンの民がエールを作っていたという驚くべき事実を、本書は教えてくれた。バビロンのビールはバベルとコミュニケーション障害にどのような楔を打ち込んだのか、そして、父と子はどのようにしたら互いの意思を伝達できるようになるのか。ヒトの文明と心理を大きく切り結びながら、最後まで予断を許さぬ展開だった。

新潮社 波
2018年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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