みんな忘れた 野見山暁治 著

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みんな忘れた

『みんな忘れた』

著者
野見山 暁治 [著]
出版社
平凡社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784582837766
発売日
2018/05/18
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

みんな忘れた 野見山暁治 著

[レビュアー] 窪島誠一郎(「無言館」館主・作家)

◆懐かしい芸術家たちへの惜別

 著者は私の美術館の最高顧問だが、最近よく「今の世の中に芸術などない」といった言葉を口にされる。経済優先、消費社会極まる今日(こんにち)には、もはや芸術家も画家も居なくなったと。

 この本は、戦地から帰還して戦後パリに渡り、帰国後日本の洋画壇を長く牽引(けんいん)してきた一人の画家の、まだ芸術があった時代に出会った人々への、懐旧と惜別の思いを綴(つづ)った書である。戦時下における軍用画家藤田嗣治(つぐはる)夫妻の生活と制作をささえ、戦後そのことについて一言も語らずに逝ったヤタベ・ツヤ、パリ時代に親しく交流し、一足先に帰国して著者の展覧会開催に奔走した画友金山康喜(かなやまやすき)(著者はその展覧会で安井賞を受賞する)、やはりパリ時代、とつぜん日本学生会館に住む著者の部屋に転がりこんできた失礼千万な放浪作家小川国夫、池袋アトリエ村で隣組だった、まだ丸木位里(いり)と「原爆の図」を描く前の赤松俊子のことなど、著者の眼(め)にうつった有名無名な二十二人の姿が、名文家として知られる著者独得のリズム感あふれる筆致で活写されている。著者の絵を知っている人は、さながらそこに、原稿紙に描かれたもう一つの「野見山絵画」をみる思いになるだろう。

 ただ、ほとんど年代表記のない、「戦争が終(おわ)ってまもなく」だとか「その年の暮れに」だとかいったモザイク模様の文章にうかびあがるのは、もはや残影というしかない、著者の記憶のカンバスにあるオボロな人間風景である。

 二十二人めに登場する父野見山佐一の章が印象深い。元手百円で始めた質屋から這(は)い上(あが)り、筑豊炭田の「最後の炭坑屋」とよばれるまでに成功した佐一は、著者が家にのこしていた絵をぜんぶ焼き払ってしまうほど、息子の才能には無理解だったという。だが、九十八歳で死ぬまで、いくら金が貯(た)まっても一切他の事業に手を出さず、炭坑一すじの道を歩いた父の一生に、著者はどこか好意的だ。アト一年で父の没齢に達する文化勲章画家は、いつまでも「炭坑の子」なのである。

(平凡社・1944円)

1920年、福岡県生まれ。画家。著作『四百字のデッサン』『アトリエ日記』など。

◆もう1冊

野見山暁治著『とこしえのお嬢さん』(平凡社)。岡本太郎ら21人を描く。

中日新聞 東京新聞
2018年7月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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