『隣人、それから。』
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【聞きたい。】写真家・初沢亜利さん 『隣人、それから。38度線の北』
[文] 篠原知存(ライター)
■変わりゆく人々の暮らし
北朝鮮を訪ねて一般市民の生活をスナップした写真集『隣人。』を刊行したのが2012年。「違和感よりも共感を」という企画として世に問い、再訪も考えていなかった。ところが金正恩(キム・ジョンウン)体制下で社会が変化していると聞いて、気になり始めたという。
「私たちの視点や思いなどとは関係なく、どうやら北は北として独自に発展している。今回は、変わりゆく人々の暮らしを、素直に興味深く撮りました」
収録作は16年から今年の撮影。平壌の道路には車が急増していた。交通量はざっと3倍。スマホで撮影する人々。若い男女が人前でいちゃつく。観光客、建設ラッシュ、電動自転車…。手練れのスナップショットが空気をすくい取る。
「都心と地方で状況は違うけれど、行けるエリアが広がっていて、次第に見せられる状況になっているのかな、と思いました」
指導者の言動だけが一国の姿ではない。土地や人の性質は日常の生活ににじみ出す。服装、乗り物、町並み、食べ物…そしてなによりも表情に。表紙の写真にあるような、街頭で手をつないだりする若者の“ゆるさ”は世界共通だろう。
「撮影を制止されたことはない」そうだが、巻末の「滞在記」を読めば、常に案内人がついて歩くなど独特の緊張感もわかる。よど号メンバーやサッカーの外国人監督を撮影した経緯も面白い。高級車を見て「一生手が届かない」と漏らす公務員や、カップルを「ふしだらだ」と批判する年配女性の話なども印象的。
取材時には「想像もしていなかった」という転換期の到来。南北、米朝に続く日朝会談がどうなるか気になるところだが、情報の少ない国からのリアルで貴重な報告である。
「これまでは北朝鮮が崩壊することを前提にした議論も多かったが、崩壊しないとなると、これからもつきあわないといけない。そういう現実を考えた方がいいように思います」(徳間書店・3000円+税)
篠原知存
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【プロフィル】初沢亜利
はつざわ・あり 写真家。上智大卒。他の写真集に『Baghdad 2003』『沖縄のことを教えてください』など。