アートという名の泉を訪ねて 原田マハ・インタビュー

インタビュー

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常設展示室

『常設展示室』

著者
原田 マハ [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103317548
発売日
2018/11/22
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

【『常設展示室 Permanent Collection』刊行記念特集】原田マハ・インタビュー アートという名の泉を訪ねて

[文] 新潮社

原田マハ
原田マハ

アートへの深い造詣と愛情を惜しみなく発揮し、作品を生み出す大人気作家。待望の最新短篇集では、世界各地の美術館で運命の絵に出会う人々の姿が描かれている。作品のテーマに加え、溢れるアートへの思いを存分に聞いた。

***

――原田さんと言えば、アート小説の第一人者として大人気ですが、やはり頻繁にアートに触れていらっしゃるのでしょうか。

 どこに行っても美術作品を見ることを人生の喜びとしている部分が大きいんです。だから、美術館には日頃から行っています。旅先なんかでもまず美術館に行くんですが、たまに忙しくて時間がとれないと気持ちが落ち着きません。何かやり忘れているみたいな気分になってしまって。自分の友達にあいさつに行くみたいに美術館を訪ねるのが、私にとって普通なんです。

――パリにもお仕事場を構えていらっしゃいますが、あちらでもよく行かれるのですか。

 勿論、日常的に行きますね。今もとても恵まれた環境ではありますが、『楽園のカンヴァス』を書く時は、ルーブル美術館の傍に三ヶ月間アパートを借りていて、本当に夢のようでした。行こうと思ったら、いつでもさっと行ける。ルーブルの隣人だったんです。
 大体行くと、つい「サモトラケのニケ」だとか、「モナ・リザ」とか有名な作品を見ちゃうじゃないですか。近くに滞在していた時期は、せっかくだから、あんまり見たことがないところを回ってみようと思ったんです。
 ルーブルは水曜と金曜は夜間も開館していて、それを狙って行くとガランとしている。そんな夜に見て回っていた時に、ルーブルで最古級のコレクションだという壺に巡り会ったんです。どれ位前のものかはっきり覚えていないんですが、確か6000年前とか、かなり昔のもので。大したことはないって言ったら失礼なんだけど、壺自体はとてもシンプルな形をしてました。でも、表面にぎざぎざが描かれていて、ドットが打ってあるんです。
 最初に見た時、どうしてこの壺を作った古代人はこの模様を付けたんだろうと思いました。恐らく雨水を貯蔵するためのものだから、水が入ればそれだけでいいはず。デザインなんて要らない。だけど、その6000年前の人は、何故かそこに模様を付けてしまったんですよ。そうせずにはいられなかった。それって、アートの目覚めだと私は思います。
 あまりにシンプルだから、デザインが溢れている現代に生きる人の目で見ると、ただそれだけか、と思われてしまうかもしれない。だけど、私たちもただの白い壺があったら、多分、何かしら模様があったらいいのになと思う。そう感じる私たちの感覚は、その壺に模様を描いた古代人ときっと寸分も違わない。はるか昔のものだけどモダンに感じるのは、彼らと私たちの感覚が繋がっているからなんじゃないかと思うんです。
 人の少ない夜のルーブルで壺を目の前にして、そんな想像をしていたら、その感覚が気の遠くなるような昔から脈々と続いてきたということに、すごくハッとさせられて。これが今ルーブルにあるということは、本当に奇跡だなと思いました。

――どうやって受け継がれて来たのか考えるとロマンがありますね。

 6000年の間って、世代で考えると何百世代にも亘っているでしょう。その間、色々なことがあった。想像してみて下さい。天災もあったし、病気も流行した、飢饉も、戦争もあったでしょう。色んなことが起きたのにその壺は守られたんです。誰かが「何だかよくわからないけど、この壺はいい」と思って、それを残しておいたんですよね。時には土に埋もれていたこともあったかもしれないけれど、何百世代もの人たちが捨てられなくて、何となくそれがいいものだという感覚を信じて、更にいくつもの奇跡が繋がったからこそ現代まで残っている。つまり、人類が一度も諦めなかった壺なのよね。
 私、アートってそういうものだと思うんです。私たち人類が人間であることを一度も諦めずに来た証拠。どんなに苦しくて、この世が終わるような出来事があったとしても、その文化、文明を繋ぐ人間らしい生き方をしていくことを、ずっと信じて、伝え続けてきたから今、アートがある。
 例えば最近、AIが描いた絵が五千万円で落札されたというニュースがありましたけど、どんなに人工知能が発達しても、きっとそれは違う。AIが持ち得ない、私たちの心の一番柔らかい部分というのは、過去生きてきたアーティストはみんな知っている。それは人間にしか感知できない清らかさとか、力とか、悲しみとか喜びとか、そういうもの。自分の感情の一番美しいところを表現した人もいるし、激しい感情をぶつけた人もいる。だからアートって、本当にかけがえのない、美しい泉のようなものだと思うんですよね。
 そして、それを見た人たちが心を動かされて、作品を守り続けて来たからこそ、今の時代まで残っている。何百年もの間、何億人の人たちが作品の前を往来したんでしょうね。その人たちはみんな、自分の人生を終えて去っていく。だけど、次の世代がその絵の前にやって来て、またその世代が終わって、次の世代が会いに来る。
 作品を通して、途方もない数の人生が交錯しているんですよね。想像すると、いつも気が遠くなります。アートがそれをずっと見つめ続けてるというのは、すごいことだと思います。
 そんな世の中の奇跡が全部集まっている場所が美術館なんです。だから行かないともったいない。学ぶことや、アートが語りかけてくれるメッセージが沢山あります。色々な人がいるから、全ての人がアートが好きで、美術館へ行けばホッとするなんてことはあり得ない。それぞれの感じ方があるし、付き合い方というのもあると思うんですよね。だから、みんなに無理に見に行ってほしいと言っているわけじゃないですよ。そうじゃなくて、本当にちょっとしたきっかけでちらっと立ち寄ったとしても何か得るものがあるかもしれない。その位でもいいと思うんです。行ってみれば何かが変わるかもしれない。

――今作でも世界各地の美術館が描かれています。

 各話の主人公は、それぞれ異なる形で美術館を訪れます。美術館で働いている人もいますが、別にアートにディープに関わっているような人たちばかりを書きたかったわけじゃない。ごく一般の人でも、ひょんなことから美術館に行く機会ってありますよね。収録作の「マドンナ」とか、「デルフトの眺望」でも、ふっとそこに行ったら、その一枚の絵があったという書き方をしました。自分なりの人生を生きる人が、アーティストが残してくれた美しい泉と対峙する瞬間を描きたかったんです。

――今回は6篇の全てに常設展示されている絵が登場しますが、どんな理由があるのでしょうか。

 私は世界各国、日本各地の美術館に行っていますが、毎回、常設展示室を訪ねるんです。勿論企画展も楽しみですけど、常設展示室には、いつも行けばあるという安泰感みたいなものがあるんですよね。海外の大きな美術館は別ですが、日本の地方美術館に行くと、常設展はがらんとしている。ずっと、もったいないなと思っていて。東京タワーに行ったことがない東京都民が多いのと同じで、いつまでもあるから今じゃなくてもいいやって、みなさん思っておられるかもしれませんが、私は逆です。いつまでもあるから安心して見られると思うんですよね。
 それに、常設展示室は美術館の特徴がよく現れていて面白いんです。個人美術館の場合は特に分かりやすいですが、オーナーなりコレクターだった人が何を思って、何を目指して美術館を造ろうとしていたか、コレクションしようとしていたのかが伝わって来る。地方の自治体の公立美術館だと、地元ゆかりの画家のものや、姉妹都市の海外のアーティストの作品があったり。あるいは、そこが水辺の街だったら、水とか川とかをテーマにして集めていたり。学芸員の方々が何を思って、その作品を得ようとしたのかというのが結構分かるんですよね。

――確かに、伺っていたら近くの美術館の常設展示室をチェックして見たくなりました。

 ぜひ行ってみて下さい。地元の人たちが身近にある、いつでも会いに行ける美術作品を知らないのは惜しいと思います。だって、それが県立美術館だとすると県のお金ですから、税金で買ってるんですよね。だから、誰のものかと言えば、県民のものなんですよ。もっと引いて見ると、それぞれの美術館のコレクションは私たち人類共通の財産です。私のものではないし、あなたのものでもないけど、私たちのものだという考え方が基本にある。そんな意識を持って、もっとみなさんが見に行って下さったらいいなと思います。
 常設展示であれば、貸し出されていない限り、いつ行ってもその作品が待っていてくれる。個人のものではなくても、そこに自分の感情を重ねるのは自由なわけで。泣いたり笑ったり、苦しんだり悲しんだり。みなさん、色々な感情を持っていると思うんですが、その絵に対峙する時に、湧き上がってくる感情があったり、鎮められたり、明るい気持ちにさせられたり、考えさせられたり。常設展示室は対話をするには最もいい場所なんですよ。だから、そういう思いがあってこの短篇集を書き、タイトルにもしました。
 作中に出て来る絵は全て実際にあるものですから、読んで興味を持って下さったら、そこに行っていただければ見られますので、ぜひ足を運んでみてほしいと思います。本の宣伝をするつもりだったのに、すっかり美術館の宣伝になりましたね(笑)。
 でも、今日ずっと話して来たように、アーティストにも、それを受け継いで残して来てくれた人にもとても感謝してますし、自分たちもその魅力を伝えていかなくちゃいけないと思ってるんです。小説を書くことでそれをしたい。そして、アートの素晴らしさと一緒に私の小説も誰かの元に届いていけば嬉しいです。

写真:森栄喜

新潮社 波
2018年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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