『承久の乱』
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承久(じょうきゅう)の乱 真の「武者の世」を告げる大乱 坂井孝一著
[レビュアー] 伊東潤(作家)
◆単純な対立構図 超えて
呉座(ござ)勇一氏の『応仁の乱-戦国時代を生んだ大乱』の大ヒットで証明されたように、最近の歴史新書は人物伝よりも歴史の転機となった戦いや事件を中心に置いたものに人気がある。一人の視点や行動に縛られがちな人物伝と違い多彩な角度から戦いや事件が描かれているからだろう。
本書もそうした一冊だが、そもそも承久の乱とは何なのか。一般の方々にとって、応仁の乱以上に「知ってるつもり」で「実は知らない」戦いなのではないだろうか。
承久の乱は、後鳥羽上皇率いる朝廷が政権を担う鎌倉幕府に反旗を翻した大事件だ。いわゆる守旧勢力対革新勢力の衝突で、革新勢力すなわち幕府に凱歌(がいか)が上がり、武士の世が続いていくわけだが、実際はそれほど単純ではない。
本書は多くの文献史料を駆使し、この歴史的転機となった戦いを描ききっている。
「はじめに」で、朝廷と幕府は単なる対立の構図では捉えきれないと前置きし、「後鳥羽上皇の朝廷と三代将軍源実朝(さねとも)の幕府は親密な関係だった」「後鳥羽上皇が目指したのは執権北条義時の追討であって倒幕ではなかった」という新解釈を提示してから本文に入っていく。
序章から前半部分で、承久の乱に至る経緯を摂関(せっかん)政治や院政の時代から説き起こし、文化面への目配りも忘れない。とくに、この時代を代表する歌人である源実朝や後鳥羽上皇の歌を取り上げ、それに独自の解釈を施している点に本書の特徴がある。
後半では、乱の原因から乱が始まり終息するまでの経緯を描き、さらに乱後の力関係の変化まで詳述されている。とくに後半部分は息もつかせぬ展開で、歴史の新事実が次々と明らかになっていく。これぞ歴史新書ならではの醍醐味(だいごみ)だろう。
たまたまだが、ほぼ同時期にこの分野の泰斗である本郷和人(かずと)氏による『承久の乱-日本史のターニングポイント』(文春新書)も上梓(じょうし)され、承久の乱に注目が集まりつつある。二つの新書を続けて読んでみると、いっそう理解が深まるだろう。
(中公新書・972円)
1958年生まれ。創価大教授。著書『源実朝』『曽我物語の史的研究』など。
◆もう1冊
関幸彦著『承久の乱と後鳥羽院』(吉川弘文館)。乱の勃発(ぼっぱつ)から配流(はいる)後まで。