ゴールデン街コーリング 馳星周(はせせいしゅう)著

レビュー

6
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ゴールデン街コーリング

『ゴールデン街コーリング』

著者
馳 星周 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041070017
発売日
2018/12/27
価格
1,760円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

ゴールデン街コーリング 馳星周(はせせいしゅう)著

[レビュアー] 高橋敏夫(文芸評論家・早稲田大学教授)

◆愛すべき静かな熱狂を活写

 この街ほど人の感情をゆさぶり、愛憎あい半ばする街が他にあるだろうか。新宿は歌舞伎町、新宿区役所と花園神社に挟まれた一帯がゴールデン街だ。三百近い主にカウンターだけの小さな飲み屋がひしめき、夜は酔客で溢(あふ)れる。

 本作品は、かつてこの街を生きた作家、馳星周の自伝的青春小説である。

 若い坂本は思う。「ぼくはこの街が嫌いだ。なのに、この街の住人だという感覚は田丸よりずっと強いものを持っている」。大学受験を機に北海道から上京し、ゴールデン街のバー、憧れの「マーロウ」でバイトを始め、二年がたっていた。他のバイト仲間以上に、この街に深くかかわってきた自負がある。

 マーロウの店主は、元コメディアンで、今は書評家として鳴らす斎藤顕(けん)。店は顕が三年前に設立した日本冒険小説協会公認酒場で、作家や編集者、若い読者たちが集まる。最初は機嫌のよい顕も酒がはいると豹変(ひょうへん)、周りに罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせ、しばしば喧嘩(けんか)となった。それは坂本にも容赦なく襲いかかり、理不尽に暴発する客も後を絶たない。

 時は一九八〇年代半ば、街には地上げ屋が暗躍し、立ち退きをうながす放火も始まっていた。ある日、坂本が最も親しんでいた常連客ナベさんがパトロール中に殺された。坂本の悲しみと怒りは、街での日々を問いなおす。物語は思いがけない展開をみせ、坂本に新たな恋愛と、物書きとして生きる夢の実現の第一歩をもたらす-。

 本作品には、バー「ナベサン」を営んだ渡辺英綱が『新宿ゴールデン街物語』で描いた、「革命的ウルトラ零細呑(の)み屋集団」に集う「無産有知識階級」の知的乱痴気はあらわれない。様変わりを始めた街の、愛すべき静かな熱狂が見事にとらえられた作品だ。

 ラストもいい。二十年後、流行作家となり編集者をひきつれた「わたし」は、マーロウの入店を拒まれる。そこには機嫌の悪い時は客の入店を断ったかつての坂本がいた。一人の作家のドラマなど平然とのみこむ街への苦い讃歌(さんか)が低く流れ、物語を断ち切る。

(KADOKAWA・1728円)

1965年生まれ。小説家。著書『アンタッチャブル』『雨降る森の犬』など。

◆もう一冊

馳星周著『不夜城』(角川文庫)。新宿歌舞伎町を舞台にしたデビュー作。

中日新聞 東京新聞
2019年2月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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