競歩――人間だから挑める競技 『競歩王』著者新刊エッセイ 額賀澪

エッセイ

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競歩王

『競歩王』

著者
額賀澪 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334913076
発売日
2019/09/19
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

競歩――人間だから挑める競技

[レビュアー] 額賀澪(作家)

 100m走でもマラソンでも棒高跳びでも走り幅跳びでも、はたまたやり投げや砲丸投げでも、陸上競技を観るときに感じるのは、選手達の超人的な躍動感と神秘性だ。《より強い存在》を目指し走り、跳躍し、投擲(とうてき)する選手の姿に私達は魅了され、自然と声援を送る。

 競歩は、そんな陸上競技の中では異質な存在だ。誰よりも前に進みたい。一番にゴールしたい。しかし走ってはいけない。歩いてゴールを目指す。歩き方にもルールがあり、その《歩き》は私達の《歩き》とは大きく異なる。

 (1)常にどちらかの足が地面に接していること。

 (2)繰り出した脚は接地の瞬間から地面と垂直になるまで、膝を曲げてはいけない。

 この二つのルールを守り、20km、50kmという距離を歩き通す。それが競歩だ。早くゴールしたければ走ればいいものを、《あえて》歩く。ルールという鎖に縛られ《あえて》人間離れしたフォームで歩く。

 この《あえて》という言葉をまとった競技から感じるのは、圧倒的《人間らしさ》だ。これは人間にしか挑めない――いや、人間だから挑める競技なのだ。ルールを背負って一歩一歩ゴールに向かって歩く姿は、人間を、人生そのものを想起させる。長く、静かで、淡々としている。しかし100m走にだって負けない魅力がこの競技にはある。そう思ったら、私は競歩を題材に小説を書かずにはいられなかった。

 日本の競歩はとても強い。東京オリンピックでは金メダルも期待されている。なのに、観戦チケットは販売されない。会場に行けば誰だって無料で観戦できるからだ。しかも競歩は周回コースで行われるので、選手の姿を何度も観ることができる。

 さて、その前に、九月二十七日開幕のドーハ世界陸上を観よう。ルールをおさらいして、みんなで競歩日本代表を応援しよう。

光文社 小説宝石
2019年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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