編集者の夢の話から生まれた小説とは? 作家・吉田修一が創作秘話を語る

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【特集 吉田修一の20年】吉田修一、新潮文庫の自作を語る【後篇】

[文] 新潮社

『キャンセルされた街の案内』(2009年)

新人社員くんの何気ない仕草が不思議に気になる、先輩女子今井さんの心の揺れ動き(「日々の春」)。同棲女性に軽んじられながら、連れ子の守りを惰性で続ける工員青年に降った小さな出来事(「乳歯」)。故郷・長崎から転がり込んだ無職の兄が弟の心に蘇らせる、うち捨てられた離島の光景(表題作)など――、流れては消える人生の一瞬を鮮やかに切りとった、10の忘れられない物語。

――これは一九九八年から二〇〇八年までに発表された短篇を集めたものです。『最後の息子』(99年)や『熱帯魚』(01年)が芥川賞候補作を集めた中篇集としたら、吉田さんの初めての純然たる短篇集です。

吉田 ほんと、こういう〈いわゆる短篇集〉は初めてだったので、出来た時は嬉しかったんですけど、今度読み直して……どうでした?

――表題作は、芥川賞受賞前のいかにも意欲的な若い作家が書いた短篇ですね。東京で小説を書く青年がいて、元カノの家にずっと出入りしている。そこへ長崎から兄が家出みたいに上京してきて、回想の中で軍艦島が出て来て……のちの吉田作品のエスキスみたいなところが沢山あって面白い。あるいはチョコレートの広告のために書かれた「24Pieces」。これはアートディレクターが「完成されすぎてる」という世にも珍しい不平を言った(笑)。女性誌に書かれたものもあるし、書いた年齢もずいぶん違いがあるし、ヴァラエティがあって飽きさせません。

吉田 実際の完成度は別として、「新潮」に発表した「奴ら」や「乳歯」「灯台」なんかは、文芸誌に載る〈いい短篇〉ってやつを書きたかったんだと思うんです。それと、広告のために短い小説を書くのも多い時期でした。「いろんな小説を書きますね」と言われるし、実際、媒体や依頼によって書きわけているはずなんだけど、纏めて読み返すと、あまり違いがないなあと思って。

――そんなことはない(笑)。作家の技の多彩さが読みどころだと思います。でも、最近あまり短篇を書かれないのは、そういう意識があるからですか?

吉田 そう言えば、ずっと長篇を書いていますよね。まあ、そういう時期なのかな。「東京湾景・立夏」が久しぶりの短篇ですよ。

――「24Pieces」や「台風一過」みたいに短い枚数でパシッと決める短篇もあれば、「乳歯」や「キャンセルされた街の案内」なんて、映画の撮影や小説内小説を入れて、「やってる、やってる」という感じの仕掛けがある小説もあって、愉しい短篇集ですよ。

吉田 あ、わかった、それです。たぶん今は、さっき言った小説の構成とか仕掛けを考えるのが面白くて、それを効果的に使うためには短篇より長篇の方がいいんですよ。単純に語り手を変えていくのにしたって、短篇よりも『湖の女たち』みたいに長篇で書いていく方が、もっと効果的だし、冒険もできるじゃないですか。今はそっちの方に興味があるのかもしれない。

――「これは短篇向き」とか、小説のためのメモ帖なんてあるんですか?

吉田 アイデアというほどでもなくて、こういうものを書けたらいいなぐらいのノートはあります。何かを見たり聞いたりしても、小説のためにちょっとメモしておこうみたいにはしないですね。小説のためには生活していないというか。どこかへ遊びで行く時も、取材の意識は全くありません。替りじゃないけど、日記は高校生の頃からずっとつけています。日に三行ずつくらい(笑)。

新潮社 波
2019年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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