反政府デモ「黄色いベスト運動」を予見したベストセラー小説

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セロトニン

『セロトニン』

著者
Houellebecq, Michel, 1958-関口, 涼子, 1970-
出版社
河出書房新社
ISBN
9784309207810
価格
2,640円(税込)

書籍情報:openBD

現代の予言的作家の一人が描く西洋民主主義の無力化という現実

[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

 現代の予言的作家と言えば、ウエルベックだろう。四年前には、フランス国内にイスラム政権が誕生する近未来小説『服従』の発売日に、「シャルリー・エブド週刊紙襲撃事件」が起き、予言の書と言われた。

 その次作となる『セロトニン』も、反政府デモ「黄色いベスト運動」を予見したとされ、ベストセラーに。

 強烈な政治小説を期待してページをひらくと、出だしから肩透かしを食うかもしれない。鬱々と、しおたれた、暗たんたる幕開けである。

「それは白く、楕円形で、指先で割ることのできる小粒の錠剤だ」―農業食糧省を辞職した四十六歳のエンジニア、ラブルストは、キャプトリクスという抗鬱剤を服用して、どうにか自殺に走らず生活している。これは、俗に「幸福ホルモン」と称されるセロトニンの分泌を助長する新薬で、副作用として性的不能を引き起こしている。

 ラブルストは二〇〇一年から現在までのことを恨みがましく妬みがましく理屈っぽく語り、ウエルベック節が冴えわたる。心中で亡くなった両親のこと。過去につきあった研修生のカミーユ、女優のクレール、二十歳年下の日本人ユズ……。ユズとの別れのきっかけは、彼女が禁忌の乱交に耽るビデオを目にしたからだが、彼自身のセックス観および女性観といえば、どれだけ濡れるか、とか、後ろの方の塩梅は、といった完全ポルノ目線なのでしょうもない。

 ラブルストはノルマンディーに帰り、そこで親友のエムリックに再会。彼は大きな酪農家を営んでいるが、自由貿易協定による輸入品との競合で危機に立たされる。そこで「黄色いベスト運動」を髣髴する農家と保安機動隊の抗争が起きる。

 ラブルストの深い絶望はフランスまたは欧州のそれのメタファーだろうか? 少なくとも、自分の性欲低下に西洋社会のデモクラシーの無力化を重ねあわせる彼の洞察は、悲しいことに的を射ているのではないか。

新潮社 週刊新潮
2019年12月26日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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