純潔ジュリエットを体現したオリビア・ハッセーの映画をベースに「ロミオとジュリエット」を小説化

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ロミオとジュリエット

『ロミオとジュリエット』

著者
シェイクスピア [著]/鬼塚忠 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334951672
発売日
2020/05/21
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

純潔ジュリエットを体現したオリビア・ハッセーの映画をベースに「ロミオとジュリエット」を小説化

[レビュアー] 鬼塚忠(作家)

 時代を超えて長く人々に親しまれている名作戯曲を「小説」にして、より多くの読者のもとへ届けたい――そんな思いから、小説や演劇を愛する出版人として、今年3月に「小説で読む名作戯曲シリーズ」を立ち上げました。
そして、『桜の園』(チェーホフ・原作/本間文子・著)、『曾根崎心中』(近松門左衛門・原作/黒澤はゆま・著)……と錚々たる名作と才能ある若き小説家が揃う中で、私自身もシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」を手がけることになりました。舞台の演出家の代わりに世界屈指のラブストーリーを紙面上で再現するという、願ってもないチャンスに心躍らせながら挑みました。

とはいっても、私が若い頃から英文学の古典に傾注し、シェイクスピアに陶酔していた、なんていうことはないのです。「ロミオとジュリエット」という物語に惹かれたのは、もっと単純でミーハーな理由。オリビア・ハッセーをヒロインとする、1968年にイギリスで公開され、翌69年に世界各地の映画祭で主たる賞を受賞した映画「ロミオとジュリエット」がきっかけでした。
日本でもその時公開されたのでしょうが、まだ幼稚園児だった私は、リアルタイムでは観ていません。初めて観たのはそれから10数年経った中学生の頃で、テレビの日曜洋画劇場といったそういう類の枠で、放映されていたように記憶しています。
 当時、私は思春期で、異性のことが気になって仕方がない頃でした。恋とかそういうものの知識を頭の中に詰め込む時期ですが、実際は何の経験もない。そんな少年が「ロミオとジュリエット」を観ても、興味を持つのは世界の文豪シェイクスピアではなく、布施明の「君は薔薇より美しい」を挿入歌とするカネボウ化粧品の人気CMに出演していた美少女オリビア・ハッセーに決まっています。
オリビア演じるキャピュレット家の令嬢であるジュリエットは、舞踏会で敵とするモンタギュー家のロミオと初めて会ったその日のうちに恋に落ちます。その夜、ロミオはジュリエットの家に忍び込み、ジュリエットの部屋のバルコニーで再会する。「ロミオ、あなたはどうしてロミオなの?」という有名な台詞はこのあたりです。
二人の感情が熱くなるとともに、中学二年生の興奮も高まるばかり。そんな映画のなかで、中学生にはあまりにも刺激的すぎる映像が画面に映し出されました。なんとジュリエットが脱ぎ、ロミオと愛を確かめたのです。映画に入り込んでいた私は、血管が破れそうになりました。
 今でも覚えています、あの映像は。親に隠れてこっそり隠れて見るヌード写真とは、同じ裸体であるはずなのに、ジュリエットの姿はまるで似て非なるものでした。汚れのまったくない純潔なものに思えました。
ああ、これは、自分が住む世界とはまったく違う。世界でもっとも美しい時代の、もっとも美しい街の、もっとも美しい人たちの夢物語なのだ――。
しかし、そんな若き日の私が抱いたピュアな感動は、オリビアが布施明と結婚をし、さらに離婚するときには莫大な慰謝料を受け取ったというその後のスキャンダルによって、残念ながら半ば打ち消されてしまうのですが。そして、大学で根性中心の部活の練習に明け暮れ、徐々に恋愛経験を積み始めていた私にとって、「ロミオとジュリエット」はそのまま遠い世界となっていました。

ところが、40歳も半ばを過ぎた頃、ビデオの権利が切れたからなのか、デパートの催事場で、「ロミオとジュリエット」の新品のDVDが500円くらいで売られていました。懐かしくなって購入して観てみると、「今見ても美しい夢物語だなあ」という思いとともに、別の新たな感情が湧き出てきました。おとなになって出版業界に入り、エージェントや作家として様々な作品に関わってきたためか、この物語の普遍的な美しさがはっきりと分かったのです。
この物語には、恋愛や友情、逆境からのサバイバル、古き慣習との対立など、現代のラブストーリーを構成する様々な要素が盛り込まれています。「ロミオとジュリエット」は、すべてのラブストーリーの原点なのです。今話題のNetFlix「愛の不時着」にも、「ロミオとジュリエット」の強い影響を感じます。これを戯曲だけにとどめておくのはもったいない。小説にして世に広げたい。それが「小説で読む名作戯曲シリーズ」の構想へとつながっていきました。美少女にしか興味のなかった私が、今、こうしてシェイクスピアと向き合って「ロミオとジュリエット」を書き上げるとは、人生とは不思議なものです。

さて、そのような経緯もあって、執筆をするときには、オリビア主演の「ロミオとジュリエット」を参考にしました。戯曲は、登場人物の会話中心で、行動描写や情景描写はありませんし、髪型や衣服などの詳細も示されていません。ところが、小説は世界観を作るために、そういったことを台詞以外の文に書き込んでいかねばなりません。舞台となる1300年代のイタリアは、現代の日本人にとって想像しにくいものです。時代考証をした上で作り上げられた映画の存在は大変助かり、何度も観返しながら書き込んでいきました。
映画と言っても1968年のオリビア・ハッセーがヒロインの映画です。最近でも、レオナルド・ディカプリオ主演の「ロミオとジュリエット」が制作され公開されましたが、舞台を現代に置き換えているので問題外です。
 また、物語の終わりに戯曲にはない工夫をひとつしました。というのも、物語の終盤では登場人物がどんどん死んでいくため、話の筋を追うだけでは悲劇になってしまいがちですが、二人は最終的に永遠の愛を手に入れたわけです。突き詰めればハッピーエンドとも解釈できます。世界の文豪を相手に畏れ多いことですが、どうしても「ロミオとジュリエット」の余韻を読者の心に残したかったのです。

アップルシード・エージェンシー
2020年6月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

アップルシード・エージェンシー

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