明治維新後の外交史を繙き今後の日本外交を展望する

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

歴史の教訓

『歴史の教訓』

著者
兼原 信克 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784106108624
発売日
2020/05/18
価格
836円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

明治維新後の外交史を繙き今後の日本外交を展望する

[レビュアー] 飯田浩司(ニッポン放送アナウンサー)

 平日毎朝6時からラジオニュース番組のキャスターをしている。様々なニュースを扱う中で特に難しいと思うのが安全保障の議論だ。右派・左派がそれぞれ批判のための批判に終始してしまう。これが戦前から変わらなかったのだと教えられたのが、この『歴史の教訓 「失敗の本質」と国家戦略』だ。

 直近まで外政担当の内閣官房副長官補だった著者が、明治維新以後の外交史を繙き、そこから今後の日本外交を展望する。

 弱肉強食の帝国主義が覆う世界で生き抜くことが当初の目標だった維新後の日本。日清・日露戦争を戦い抜き、列強の一角を占め、アジアで唯一帝国主義列強の勢力争いに参入した。当時の苛烈な人種差別に抗い、肌の色に関係ない平等な国際社会を求めた。今日の国際社会の常識に通ずる先進的な価値観だ。

 ある時点まで人種差別撤廃、民族自決、普遍的な価値を追求していたはずが、どこで間違えたのか。

 著者は、1930年のロンドン海軍軍縮条約調印を巡る統帥権干犯問題こそ日本憲政史上、最大の失敗と言い切る。当時の野党政友会が、この条約の軍縮は陛下の権限である「統帥権を干犯している」として、時の浜口首相を突き上げたのだ。この一連の政局を著者は、《シビリアン・コントロールの一翼を担うべき帝国議会が、こともあろうに軍を野に放つような憲法論を提唱したのである。これほどの愚はない》と厳しく断じている。

 国民の生命を守るにはどうすべきかという安保の議論を政争の具にしたことがかくも禍根を残したとする筆致は鋭く、厳しい。当時の国内世論にも浸透していた軍縮という国際協調に基づく議論を国内の政争の具とした結果、国務(外交)と統帥(軍事)に断絶が起きた。大局的な国益を見据えた外交は望めなくなり、シビリアン・コントロールを失った軍は、次第に暴走していく。

 著者は集団的自衛権の一部容認を含む平和安全法制にも深く関わっていた。統帥権干犯問題の当時と同じ印象論とレッテル貼りの議論を前に嘆息していたに違いない。反権力か親権力か、右か左かではなく、何がこの国の生存にとって重要なのか? 憲法、他国との同盟、外交、軍事、経済力……あらゆる要素を俎上に載せたリアリズムの議論が、今ほど求められる時期はない。

 アジアのパワーバランスが大きく変わる中で、何を柱に日本は生き抜けばいいのか。明治以来の来し方を見ることで行く末を展望する一冊。未来を担う若者にこそ読んでほしい。

新潮社 週刊新潮
2020年7月23日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク