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対談・鼎談

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道行きや

『道行きや』

著者
伊藤 比呂美 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784104324033
発売日
2020/04/24
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

伊藤比呂美×ブレイディみかこ 人生相談『道行きや』篇

[文] 新潮社


オンライン対談を行ったブレイディみかこさんと伊藤比呂美さん(下)

伊藤比呂美×ブレイディみかこ・対談「人生相談『道行きや』篇」

鬱病になり藁にもすがる思いで移住したアメリカで3人の娘を育て上げた詩人の伊藤比呂美さんと、日本文化に馴染めずにイギリスに移住し、現在は12歳の息子を育てながら、人気ライターとして活躍するブレイディみかこさん。海外での経験があるお二人が伊藤比呂美さんの新刊『道行きや』刊行記念のトークで、意見を交わし合い、視聴者の人生相談にも答えたオンライン対談をお届けする。

 * * *

伊藤 今日はみなさんの前で対談をする予定だったのですが、コロナのせいで密で集まれないし、みかこさんもイギリスから日本へ来られないということで、オンラインで行うことにしました。二人で喋るだけではなくて、ご覧になってるみなさんからの質問にも答えようと思います。でも、実は私がやりたいのは〈人生相談〉なんです。私は人生相談をされるプロみたいになっていまして――。

ブレイディ あちこちの雑誌や新聞でやってらっしゃいますものね。去年、私が比呂美さんと対談で――それが初対面だったんですが――お会いした時も、私の実家の親の話なんかをご相談しました。人生相談をしたくなるキャラ(笑)。

伊藤 せっかくオンラインなんだから、ライブで人生相談も募集しましょう。他の人には見えない形にしますから、チャットじゃなくてQ&Aで送ってください。でも、まず二人で雑談しましょう。

ブレイディ はい。

伊藤 そうだ、雑談じゃなくて、今日は本の宣伝をしなくちゃいけないんだね。

ブレイディ 私が『ぼくイエ』(『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』)を連載していたのと同時期に、やはり「波」で比呂美さんが「URASHIMA」を連載されていて、それが『道行きや』と改題されて単行本になったんですよね。

伊藤 そして、みかこさんの『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』は新潮文庫になりました。

「ミスする」を日本語にすると

ブレイディ 私から先に感想を言わせてください。「波」の連載を毎月読ませて頂いていたんです。最終回を読んだ時、唐突に終わった感じがして、私の担当の編集者に「あれで終っちゃうんですか?」みたいなことを訊いた覚えがあります。でも「波」の書評(五月号)を書くためにゲラで読み直すと、散らばっていた小石がいきなりクリスタルの数珠になって現れた、みたいな気がしました。

伊藤 ありがとうございます。

ブレイディ 私もイギリスに住んで、普段は英語で生活しているせいか、日本へ帰った時に、喋っている拍子にルー大柴みたいなというか、英語と日本語が混ざることがあるんです。イギリスにいても、いきなり日本語の単語が混ざる時があります。これはやはり翻訳しきれない言葉、置き換えると微妙に違うなという言葉があるからだと思うんですよ。
『道行きや』にも、英語を訳さずにカタカナで記されている言葉が幾つかあります。これは、比呂美さんにも〈翻訳することで生じる違和感〉を覚える言葉があるからじゃないか? 例えばカリフォルニアのお友達からもらったメールに、「私はあなたをミスする」と出てきました。英語のmissという動詞を日本語にしたら、「あなたがいなくなって寂しくなる」とか「恋しくなる」ですが――あるいは「必要な物がなくて困る」時にも使いますが――、何かが違うんですよね。
 会社勤めを辞める時なんかも、“We’re gonna miss you.” と言われます。これは「あなたがいなくなって、あなたを恋しく思い出すでしょう」とか「いなくなって寂しくなるよ」とまではいかない、感情を表わすけれど、同時に現象を指すというか、〈何かが存在しないことを認識する〉言葉だと私は理解してきました。
 それを比呂美さんは「ミスする」とあえてカタカナで書かれていた。これは絶対に意味があるなと思って読み進めていたら、今度は最後の――つまり私が急に終わった感じを受けた連載最終回の――「犬の幸せ」の章で、女友達から「私はあなたをミスする」「ああ、とてもミスする」と言われ、「わたし」もそう言った、とありました。また「ミスする」だと思って、さらに読んでいくと、比呂美さんの愛犬のホーボー君は賢くはないけれど、「無い」ことがわかるんだと。彼がすごく好きな犬、すごく好きな人を失ったことを「無い」「い無い」と認識できるんだ――そう書かれています。そうか、missを日本語で書くと「い無い」になるんだ、そしてこの本は「何かをミスする」ことについて書かれた本だと気づいて、この最終章で終るべくして終っていた、と私は思い直しました。
『道行きや』という題もぴったりですね。生きることは、別に海外に移住したりしなくても、会っていた人と会わなくなったり、亡くしたり、物を失くしたり、いろんなものが無くなっていくことですよね。何かや誰かの不在を認識し続けることが、きっと生きるということかもしれません。長く生きれば生きるほど「ミスする」ものは増えていく。

伊藤 実は、みかこさんの書評を読むまでは気がついてなかったんです。言われて、「そうか、この本は『ミスする』をめぐる本だ」と自分でも納得しました。
 すごく正直なことを言うと私の欠点は、最初の言葉から最後の言葉まで全てをコントロールしたいことなんです。言葉を完全に自分のコントロール下に置きたい。ところが『道行きや』の場合は、書き始めた時にちょうど早稲田大学で教え始めていたんです。早稲田の仕事が忙しくて、落ち着いて書いてられないのね。週に七日あったら、早稲田に四日使うんです。で、熊本に四日いるんですよ。計算が合わないなと思うでしょ? 合わないんですよ(笑)。熊本で書くんですが、授業の予習もしなくちゃいけない。こんなに時間に追われて突っ走って書いたことはありませんでした。だから、『道行きや』が「ミスする」をめぐる本だと意識できていなかったのかもしれません。
 熊本の郊外にラブホテルがあって、その名前が看板に大きく書いてあるんだけど、「アイミスユー」っていうのよ。

ブレイディ ありそうだ(笑)。

伊藤 熊本空港へ行く時、いつもその前を通るわけね。そしたらある日、父がすごく真面目な顔して、「ちょっとあんたに訊きたいことがあるんだけど。英語得意だろ?」「うん。何?」「アイミスユーってどういう意味だ?」「どうしたの、お父さん」「空港の近くのラブホテルにアイミスユーって」(笑)。それで教えてあげたんだけど、あの時、彼は何を考えていたのか、亡くなった今では永遠の謎(笑)。
 みかこさんの本について話すと、一番新しい本は『ワイルドサイドをほっつき歩け』(筑摩書房)ですね。これも素晴らしかった。この本でも『THIS IS JAPAN』でも『ぼくイエ』でも、みかこさんの書いている本はどれも、ノンフィクションとかエッセイにしては人が生き生きと動き過ぎませんか?

ブレイディ そうなんですよね。

伊藤 登場する人がみんな、ちゃんとキャラを持って動いてる。例えばブライトンのワーキングクラスの、パブでくだ巻いてるようなおっさんたちって、日本の読者にすれば全然遠い存在じゃない? それなのに、みんなすごく生き生きと、そこら辺にいるようなおっさんたちとして描かれている。これってある意味、みかこという目を通した小説じゃん、と思う。私はどうしても詩の人間で、小説という言葉を使うと、なんかいけないことみたいに感じるから(笑)、小説じゃなくて、「みかこ文学」と呼びたいの。きわめて独特のものですよね。

ブレイディ どうもありがとうございます。私は小説とか詩とかノンフィクションとか、カテゴリーは「どうでもいいじゃん」と思っている部分があるんです。それに小説や詩は、私にとっては会席料理とかフランス料理ってイメージなんですよ。私が書いているのは屋台のラーメンではないか(笑)。でもラーメン大好きだし、私はラーメンでやっていくよって感じでいます。

新潮社 波
2020年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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