『語りなおしシェイクスピア 1 テンペスト 獄中シェイクスピア劇団』
- 著者
- マーガレット・アトウッド [著]/鴻巣 友季子 [訳]
- 出版社
- 集英社
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784087735079
- 発売日
- 2020/09/04
- 価格
- 2,970円(税込)
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主人公の人生、作中劇、シェイクスピアの古典が同心円をなす
[レビュアー] 武田将明(東京大学准教授・評論家)
カナダの劇場で芸術監督を務める本書の主人公フェリックスは、シェイクスピア劇を現代風にアレンジし、宇宙船や地球外生物を登場させるなど大胆な演出で知られていた。ところが、私生活で妻と幼い娘を次々に病で亡くし、さらに追い打ちをかけるように、劇場の資金繰りを任せていたトニーに裏切られてしまう。理事会や政府関係者を味方につけたトニーは、芸術監督の座を彼から奪う。フェリックスは姿をくらまし、F・デュークと偽名を名乗って復讐の機を窺う。しかしトニーは出世を重ね、フェリックスは亡き娘の幻影との会話だけが慰めの、寂寥たる日々を送る。
ここから物語は、フェリックスが失踪前に演出する予定だったシェイクスピアの『テンペスト』をなぞるように進む。この劇では、ミラノ大公(デューク)の地位を弟にさん奪されて孤島に暮らす主人公プロスペローが、魔術で敵(かたき)たちの乗る船を島に漂着させて責め苛(さいな)むが、最後には敵を許し、自分は大公に返り咲く。フェリックスによる復讐の舞台は監獄である。追放から九年、「ミスタ・デューク」は、ある刑務所の更生プログラムの講師となり、囚人にシェイクスピアを教える。すると演出家の血が騒ぎ、囚人たちも熱血指導に応え、見事な演技をする。
フェリックスの更生プログラムは話題となり、大臣たちが視察に訪れることになる。偶然にもこの一行は、政界に進出したトニーを含む、憎き仇敵たちだった。これを知った彼は演目に『テンペスト』を選び、世にも奇妙な復讐劇が幕を開ける。
フェリックス渾身の演出については、ぜひ読んで体験していただきたい。同時に、娘を亡くした彼が過去から解放されて再生を果たす、もうひとつのドラマにも注目してほしい。主人公の人生と作中劇、さらには本書の物語とシェイクスピアの古典が、再生というテーマで見事に同心円をなす。小説の魔術師アトウッドによる幻想劇に酔い痴れる一冊。