『あのこは貴族』
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田舎でも都会でも狭い人間関係が女たちを縛っている
[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「上京」です
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「鄙(ひな)」の無粋と「京(みやこ)」の洗練の対比は平安朝以来の伝統だ。それが明治以降は上京した者のドラマとなっていく。山内マリコの『あのこは貴族』は伝統に新風を吹き込む面白い現代小説である。
榛原(はいばら)華子は女子校育ちのお嬢さま。二十代後半、結婚のプレッシャーがのしかかる。知り合いに紹介された青年と会うため「激安大衆居酒屋」に初めて足を踏み入れるものの、耐えきれず一瞬で逃げ出すあたり、軽快な語り口で笑わせてくれる。
やがて慶応出の名家の御曹司・青木幸一郎との見合結婚にこぎつけるところで話は一転。青木の慶応大学入学時に遡る。そこで登場するのが時岡美紀。地方の漁港で育ち、猛勉強の末、憧れの慶応に入ったが、自分の田舎臭さを痛感させられ、また同じ慶応生でも特に垢抜けた「内部生(ないぶせい)」たちが別世界を形成していることを知る。
そんな美紀が「内部生」の代表格・青木とどうやって知り合い、どういう仲になったのか。そして華子の結婚はどうなる?
上京以来、苦労を重ねる美紀の視線が、ストーリーに奥行きを与え、切ない味わいをもたらす。特権的な東京人たちの閉域から上京者は締め出される定めだ。
とはいえ、「田舎か都会かの違いなだけ」だとも美紀は感じる。いずれにせよ狭い人間関係が、とりわけ女たちを縛っている。これは自由のありかを求める彼女たちの冒険と友情の物語ともいえるだろう。