野球少年が一念発起し研究の道へ水中考古学者の魅力的な冒険譚
[レビュアー] 橘玲(作家)
「お伽噺のような人生」というのが第一印象だった。
日本では数少ない水中考古学の専門家である著者による、この魅力的な学問分野(カリブ海の難破船から宝の山を引き揚げるわけではないらしい)の格好の入門書にもなっている。
現代社会では、みんなが“夢”を目指している、というよりも、若者たちは「夢を目指さなくてはならない」という強い圧力を親や学校、社会やSNSから受けて苦しんでいる。
ところが著者には、子どもの頃からはっきりと夢があった。「プロ野球選手になる」だ。
子ども時代はひたすら野球に打ち込み、スポーツ推薦で高校に入学するが、右ひじを痛めてしまう。ふたたび球を投げられるようになったのは3年生に上がったあとで、夏の甲子園の予選はベンチにも入れなかった。
それでも夢をあきらめられず、大学でも野球を続けたが、万年バッティングピッチャーで、大学3年のはじめ、野球推薦の新入生が150キロちかい球を軽々と投げているのを見て、「どんなにもがいても敵わない世界」があることを思い知らされた。
ここまではよくある話だが、スゴいのは、子ども時代からの夢を失った途端に別の夢が見つかることだ。
本が好きで、古生物学や宇宙物理学、哲学や宗教、歴史ものなどを読んできた著者は、卒業論文のテーマを決めるために大学の図書館に通っていたある日、フロリダの鉱泉から1万年前の人間の頭蓋骨と脳が発見されたことを知って驚愕する。鉱泉の水底には酸素がなく、腐敗がほとんど起こらなかったのだ。
これが水中考古学との運命的な出会いで、「そんなことがあるのか!」という驚きを確かめたくて関連書を読み漁り、英語の本も取り寄せ、この分野の頂点にあるテキサスA&M大学への留学も決めた。英語がまったく話せないにもかかわらず。
留学後はまず語学学校に入ったが、半年勉強したものの、TOEFLの読解の成績は「1点」だった。ふつうならここであきらめるのだろうが、深夜3時まで猛勉強してなんとか試験に受かり、大学院に「見習い」として入学が許された。
だが授業が始まると、教授が発する単語がなにひとつ理解できない。大学院と大学4年生の授業計3つすべてでB以上の成績を取らなければ退学になるのに……。という絶体絶命のピンチを乗り越え、数々の現場で活躍し、水中考古学者として成長していく冒険譚は暑い夏にぴったり。楽しんでほしい。