国家を呑み込み焼き尽くして現代に生き延びた国体論

レビュー

3
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偽史の帝国

『偽史の帝国』

著者
藤巻 一保 [著]
出版社
アルタープレス
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784910080048
発売日
2021/04/28
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

国家を呑み込み焼き尽くして現代に生き延びた国体論

[レビュアー] 徳川家広(作家・翻訳家)

 大河「青天を衝け」で渋沢栄一が話すのを聞き、あるいは福沢諭吉の有名どころ、たとえば『学問のすすめ』を読めば、明治はまさしく夜明けの時代であった。現代の私たちにとっても爽快な論理性と明るいリアリズムが、そこには脈動していた。

 問題は、そうして始まった大日本帝国が、かなりの短期間で不合理の塊のような国と化して、火だるまとなって滅亡してしまったという事実だ。渋沢や福沢、あるいは大久保利通、伊藤博文で始まった近代日本は、いったいどこで、何を間違えたのだろう? この、日本人であれば誰もが気にしてしかるべき問いに答えるのが本書『偽史の帝国』だ。

 ここで著者・藤巻一保のいう偽史とは、国体論のことである。誰もが一度は耳にしながら、その中身については今ではぼんやりとしかわからない、この思想。

「日本は神がつくりだした『神為』の国であり、神の直系子孫である天皇の祖先が永遠の統治権と文化の種を授かって降臨し、天界の神とひとつになって惟神に治めてきた、地上に類例のない特別な国」という考え方だと著者は説明する。そしてこの国体論を支えた明治憲法、教育勅語、国家神道の「三本柱」の成立と展開から、国体論がついには国家を呑み込み、これを焼き尽くすまでを明快に叙述していく。

 面白いのはそこからで、著者はこの国体論が現代にまで生き延びていると指摘する。いわゆる保守の人たちの発言を想起すると、これには首肯せざるを得ない。だが、著者はさらに踏み込んで、国体論の核心であるはずの歴代天皇が、孝明帝から現上皇に至るまで、実はその国体論(というか、それを振りかざす勢力)の犠牲者であり続けてきたことを明かしていく。生身の人間としての歴代天皇の苦しみに共感しているのである。

「天皇は続くことと祈ることに意味がある」として、現上皇が天皇であった時に皇后(当時)とともに続けた全国をめぐる旅を天皇の「さかしら」(!)と否定する平川祐弘と比べれば、どちらに本当の「天皇愛」が(つまり、本当の愛国心が)あるかは一目瞭然であろう。本書が胸に迫るのは、このためである。

 強いて不満を挙げれば、日本の西洋化に相当な成功をおさめた明治の政治家たちが、国体論を支える「三本柱」をも作ったという逆説が説明しきれていないことだろうか。彼らには、おそらく「三本柱」の孕む「毒」が見えていた。その「毒」を飲み干さざるをえない苦渋を読み解くことでこそ、日本の近代の真実に迫れるのだと思う。

新潮社 週刊新潮
2021年7月29日風待月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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