『邯鄲の島遥かなり 上』
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一生に一度の作品
[レビュアー] 貫井徳郎(作家)
貫井徳郎・評「一生に一度の作品」
ミステリ作家・貫井徳郎さんが挑戦した大河小説『邯鄲の島遥かなり』が刊行。自身にとって一生に一度の作品と語る本作ですが、長い物語を書くのは諦めていたと言います。そう思っていた貫井さんが執筆に至った理由を明かしてくれました。
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タイムスパンの長い話を書きたいという漠然とした願望は、中学生の頃から持っていました。「グイン・サーガ」や「銀河英雄伝説」に憧れていたのです。一方で、そんな長い小説を書いても、デビューできないだろうという常識もありました。
現実にミステリ作家になって、「長い物語」を書くことは諦めかけていました。スチュアート・ウッズの『警察署長』のような三代記も考えていたのですが、構想力が必要だし、歴史の勉強もしなければならないから無理かなと。それが『赤朽葉家の伝説』や『警官の血』といった近年の作品に触れて、願望が具体的になってきました。そして、どうせなら三代記より長い話にしようと考えたのです。
五十歳が目の前に見えてきた頃、ここで書くしかないと思いました。というのは、ぼくは明治百年に当たる年の生まれです。五十歳の年が、ちょうど明治百五十年。このタイミングを逃したら、もう書けない。
勉強も足りなかったのですが、背中を押してくれたのは、夢枕獏さんの話です。時代物を書こうとした時、先輩作家から「書きながら勉強すればいい」と言われたというのです。そんな時に、小説新潮で連載の依頼があり、遂に書き始めることにしました。
今回は書き慣れたミステリではないのですが、不思議なほど苦労はありませんでした。ミステリ的なオチのない話はどうやって書いたらいいかわからないと思っていたのに、特に意識しなくても、ミステリ的とは違う結末が浮かんできました。
ぼくの作品は、重くて、読み始めるのに気合が必要だとよく言われます。今回も分厚いのが三冊ですが、むしろ普段より気軽に楽しんでいただけると思います。バカバカしいと笑ってもらえる話もありますし、全く貫井徳郎らしくない読後感のはずです。今までぼくの本は重くて嫌だと遠ざけていた方にこそ、ぜひ手に取ってほしいです。
今でしか書けなかった、自分にとって奇跡的な作品かもしれません。小説家にとって一生に一度の作品があるなら、ぼくの場合は、この『邯鄲の島遥かなり』がまさにそれです。ぜひ読んでください。こんな面白い小説の作者になれて、本当に幸せです。(談)