“一対一”の言葉が照らし出す要約できない人生の時間

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東京の生活史

『東京の生活史』

著者
岸 政彦 [編集]
出版社
筑摩書房
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784480816832
発売日
2021/09/21
価格
4,620円(税込)

書籍情報:openBD

“一対一”の言葉が照らし出す要約できない人生の時間

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

 新聞や雑誌、ネット上で目にするインタビュー記事の多くは、語り手のプロフィールなるものを記載している。例えば職歴、年齢、出身地、家族構成。そうやって属性として記号化され整理された情報に加え、本文の内容を要約したリード文が添えられるのが常だ。

 そんな“わかりやすさ”がくまなく実装された世のメディアに、がつんと一撃を加えるベストセラーが誕生した。岸政彦・編『東京の生活史』(筑摩書房)。先月下旬に刊行されるや、即重版が決定し、現在3刷1万3500部。上下二段組み、1200ページ超のボリュームながら、各所で売り切れが続出している。

 東京で生活している/していた人びと150人が語った話を、解説も説明もつけず、ただ並べて作った本―前代未聞の試みといわれるゆえんはその構造にある。インタビュー集の体裁ながら、注釈やプロフィールの類いは一切なし。聞き手は一般公募で選ばれた150人。彼らの名前はクレジットされているものの、その聞き手がそれぞれに選んだ語り手の多くは、名前も不明のまま「語り」だけが差し出される。読む前から概要を把握できるような代物ではけっしてない。

 例えば、コロナ禍で苦境に立たされた中国の留学生の話が、身の上を語っているうちにセクシャルマイノリティであることの告白へとつながっていく。「話の流れの中で聞き手との関係性が明らかになったり、思ってもみない方向に話がころがっていったりする部分に惹き込まれたという感想が多い」と担当編集者はいう。

「企画としての構造自体はすごくシンプル。でも実現される機会がこれまでなかったのは、時間と手間がおそろしくかかるから(笑)。

実際、150人の聞き手全員とやりとりしながら編集作業を同時に進めるのは想像以上に大変でした。ただ、その大変さって、まさに“一対一”で人と向かい合うということの意味でもあるのかなと」(同)

 読者から寄せられた感想の中に、「アラビアンナイトのように一日一話ずつ読んでいる」とのコメントを見つけた。誰かの人生を読む、という営みの本来の厚みが感じられる本だ。

新潮社 週刊新潮
2021年10月21日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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