安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ 尾中香尚里(かおり)著

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安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ 尾中香尚里(かおり)著

[レビュアー] 江上剛(作家)

◆報道で差がついた二人の評価

 安倍元首相の新型コロナ対策は最悪最低だった。何もかもが後手後手で、国民に犠牲を強いただけだった。挙句(あげく)の果てに病気を理由に二度目の政権投げ出し。だが安倍氏より低評価なのが、東日本大震災による原発事故の責任者だった菅直人元首相だ。現地に乗り込み現場を混乱させたとか、とかく悪評ばかりだった。

 著者は新聞記者として、原発事故における菅政権の対応を取材する立場にあった。本書では二人の発言や行動を克明に比較することで国難におけるリーダーのあるべき姿を追求している。そこから浮かび上がったのは「菅氏は危機を大きく捉えたのに対し、安倍氏は小さく捉えた」などの違いである。

 原発事故に際し、東電は正確な情報を上げず、危機を矮小(わいしょう)化しようとした。そこで菅氏はやむを得ず事故現場に直行したのだ。危機の際は、正確な情報入手と適切な指示のために可能な限り情報ラインを短くすることが原則である。その意味では菅氏の行動は間違ってはいなかった。また現地を見舞った際、被災者から「もう帰るんですか」と叱責(しっせき)を受けたことが報道され、国民に無慈悲な首相との印象を与えた。しかし、実は菅氏はその場に残り、被災者と対話を続けたという。

 著者は原発事故における「菅政権の対応について、冷静に評価できるものを世に問う」ために本書を上梓(じょうし)した。発言、行動に対する比較検証、分析は情緒に流されず冷静、公平である。その結果、危機におけるリーダーとして菅氏に軍配が上がるのだが、評価は低く、安倍氏は再度の復権に意欲的でさえある。菅氏を貶(おとし)めるようなバイアスがかかった当時の報道が、二人の評価の差になったのではないか。

 菅氏が文科相と連名で発信した小学生向けのメッセージを紹介している。被災地のみならずそれ以外の地域の子どもたちにも心底から呼びかけており、胸が詰まる内容である。コロナ対策で安倍氏は全国一斉休校を実施したが、子どもたちに心を込めたメッセージを送ったのだろうか。寡聞にして私は知らない。

(集英社新書・1034円)

1965年生まれ。元毎日新聞政治部副部長。共著に『枝野幸男の真価』。

◆もう1冊

オリヴィエ・シボニー著『賢い人がなぜ決断を誤るのか?』(日経BP)。野中香方子訳。

中日新聞 東京新聞
2021年12月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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