尾中香尚里『安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ』を青木理が読む「悪夢」という罵りはブーメランとなって安倍政権に突き刺さる

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尾中香尚里『安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ』を青木理が読む「悪夢」という罵りはブーメランとなって安倍政権に突き刺さる

[レビュアー] 青木理(ジャーナリスト)

「悪夢」という罵りはブーメランとなって安倍政権に突き刺さる

 なにかにつけて「国民の命と財産を守るのが政治の使命」と繰り返し、危機への対応能力をことさらに強調したのが安倍元首相の特質だった。と同時にかつての民主党政権には憎悪を露あらわにした。「悪夢」とまで罵(ののし)って。
 前者については、そのメッキは剝(は)げたといえるだろう。まさに人びとの命と財産が危機に瀕した感染症のパンデミック下、安倍政権は無残な対応に終始した。しかも危機の只中、元首相はまたも体調不良を理由に政権を投げ出す。持病の悪化ならやむを得ないが、実際に病状がどれほど深刻だったか、私たちはいまも明確に説明されていない。
 一方で後者は、その言説が多くの人びとに刷りこまれたままなのではないか。考えてみれば安倍政権が長期の「一強」体制を維持したのも、戦後初の本格的政権交代を成し遂げながら「失敗」と総括された民主党の蹉跌(さてつ)によるところが大きい。その後に民主党は四分五裂し、野党が多弱状態に陥れば、現行の選挙制度では自民党優位は揺らがない。
 つまり、安倍政権が高く屹立(きつりつ)したのではなく、周囲が陥没したから「一強」は持続した。だからこそ元首相は「悪夢」と罵り続けたのだろうが、果たして民主党政権は「悪夢」だったのか。もちろん問題だらけではあったが、ともに重大な国家的危機――大震災と感染症――に直面した政権の対応を再検証し、政治はどうあるべきかを考察したのが本書である。
 政治記者に限った話ではないが、メディアは常に新しい情報を求めて前へ前へとつんのめり、過去を振り返って現在を照射するのがあまり得意ではない。しかし、危機に向き合った両政権を冷静に見つめ直したら何が見えるか。誰かがやらねばならないのに、誰もやらなかった大切な仕事を著者は試みた。
 特に本書が指摘する「説明」と「責任」というキーワードは重要である。この点では、「悪夢」という罵りはむしろブーメランとなって元首相に深々と突き刺さる。眼前の総選挙に向けて必読の一冊だろう。

青木理
あおき・おさむ● ジャーナリスト

青春と読書
2021年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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