大災難に立ち向かうために
[レビュアー] 江上剛(作家)
今年の一月、六十九歳になった。来年は古希(こき)だ。改めて思うのは「人生は思うに任せない」ということだ。
大学を卒業後、銀行員になった。定年まで無事に勤めるつもりだったが、突然、四十九歳で退職し、作家になった。それだけでも驚きなのに五十六歳の時、日本振興銀行というベンチャー銀行の社長にまつり上げられ、日本初のペイオフを実行し、破綻(はたん)処理を担った。再建仲間の弁護士のAさんが自殺した。私も自殺したいほど精神的に落ち込んだ。なんとか処理を終えた直後、整理回収機構から五十億円の民事訴訟を起こされた。負ければ破産だ。恐怖でどうにかなってしまいそうだった。四年間にもわたる裁判は二千万円の和解金支払いで決着した。世のため、人のためとの思いで社長を引き受けたのに、なぜこんな目に遭わなくてはならないのか。怒り、悔しさ、後悔、自責……。
本書の主人公、田中圭史(たなかけいし)は私の分身である。「無事之(これ)名馬」の言葉通り、波風を立てない平凡な人生を送るつもりだった。ところが勤務先に同窓同期の人物が社長で赴任してきたことを契機に人生が波立ち始める。避けようと思うのに否応(いやおう)なく災難が降りかかってくる。圭史は、駅のホームで偶然、若者の自殺を目撃してしまう(これは私の実体験である)。自分は生きがいを感じることもなく齢(よわい)を重ねているのに、未来があるはずの若者が死に急ぐことに圭史は、強い衝撃を受ける。いったいなんのために生きているのか。圭史は自分に問いかけ、その答えを求め「自分探し」を始めるのである。
人生百年時代と言われ、定年によって会社をリタイヤした後にも長い人生が待っている。そんな人生をどうやって生きたらいいのだろうか。悩んでいる人が多い。定年後の長い人生を圭史は悩みながらも前を向いて歩く。繰り返し襲ってくる災難に、果敢とまではいかないまでも、どうにか立ち向かう。圭史の歩く姿は「定年後のあなた」そのものである。共感して読んでもらえれば幸いである。