創業者の精神を大事にしない会社はダメになりますよ

エッセイ

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王の家

『王の家』

著者
江上剛 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334915315
発売日
2023/05/24
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『王の家』のこと

[レビュアー] 江上剛(作家)

 フジテレビの情報番組に出演していたとき、大塚家具の経営権を巡って創業者の父と骨肉の争いを繰り広げていた長女にお会いしたことがある。彼女は「かぐや姫」と言われ、大手金融機関出身かつ美人であり、古い経営者と闘う女性としてもてはやされていた。私は、カメラが回っていないところで彼女に「創業者の精神を大事にしない会社はダメになりますよ」と言った。彼女はちょっと首を傾げ、怪訝な表情を浮かべた。イケイケムードの最中だったので、私の言葉など微塵も心に響かなかったことだろう。彼女は父の追放に成功し、一度は天下を取ったが、経営方針は二転三転し、業績は悪化の一途をたどる。大手家電量販店の支援を得たものの、結局は会社としての大塚家具を消滅させてしまった。

 私の予言通りになったわけであるが、それを自慢げに話したいわけではない。今、多くの企業が後継者問題に頭を悩ませており、大塚家具の問題は個別の企業の問題ではないのだ。誰を後継者に選べば、企業を永遠に存続させることができるのか。このテーマで小説を書こうと思ったとき、シェイクスピアの『リア王』が頭に浮かんできた。江上剛が『リア王』を読むのかと思われる方もいるだろう。実は、結構愛読しているのだ。シェイクスピアは、日本で言えば近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)であり、三遊亭圓朝(さんゆうていえんちよう)ではないだろうか。彼らの世話物は、人間の感情や欲望がむき出しになっており、シェイクスピアの戯曲と相通じる気がしている。『リア王』は、老いた王が、国を三人の娘たちに譲ろうと考えたところから悲劇が始まる。これはまさに後継者問題ではないだろうか。

『王の家』は、百年家具を製造販売する宝田(たからだ)家具の創業者壮一(そういち)をリア王に見立て、三人の娘たちとの愛憎劇を描いた。これは経済小説として読むことができるが、実は父と娘の家族小説でもある。経済小説を専らにしている私の新たな挑戦として温かく受け入れていただきたい。

光文社 小説宝石
2023年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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