『旅する小舟』
- 著者
- ペーター・ヴァン・デン・エンデ [著]/岸本佐知子 [訳]
- 出版社
- 求龍堂
- ジャンル
- 芸術・生活/絵画・彫刻
- ISBN
- 9784763021281
- 発売日
- 2021/11/10
- 価格
- 3,080円(税込)
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文字で語らない物語 想像の余白を世界中に拡げた本
[レビュアー] 大竹昭子(作家)
二人の人物が紙を折ってひと一人が乗れるほどの大きさの舟を作るところから話は始まる。と言っても話は文字では書かれず、絵のみで綴られていく。
大海原にぽつんと浮ぶ紙の小舟。カメが寄ってきたり、マンボウの背びれの先に乗っかったり、魚群に運ばれたり、タツノオトシゴが乗り込んできたり。海面下の豊饒な世界が黒インクを使って点ではなく線で描写される。
でも、その線の長さが一~二ミリと言えばその細かさがお分かりいただけるだろうか。黒べったりに見えるところもよく見ると線の重なりで、その緻密なタッチに目くらましをかけられ、舟がどこにいるのかわからないこともある。でもどのページにも必ずいるから、それを探し出すのも一つの楽しみだ。あ、こんなところにいたと驚きの声があがる。
海の生き物はどれも曲線で出来ている。くねくね、ぶよぶよして形が定まらない。改めて彼らには直線の部分がどこにもないのに気が付く。一方、小舟は真っ直ぐな線で構成され、曲線だらけの巨大世界に翻弄されながら健気に旅を続けるのだ。
後半、大型貨物船や石油プラットホーム、潜水艦など、人間が造り上げた人工物が登場する。これまでくねくねしたものをたくさん見てきた目に、それらの形状の違いは衝撃的だ。人が造ったものはこんなにも自然物とちがうのかと目をみはる。でも、小舟が額から角が突き出た生き物に海の底に沈められたとき、海面に小舟を押し上げて救出したのは潜水艦なのだ。なぜ、潜水艦はこんな小さな紙の舟の運命を気にしたのだろう。
最後に小舟は岸壁に建つ小さな家にたどり着く。窓が一つあるきりの慎ましい住まいで、背後は覆いかぶさるような森だ。海の豊かさと得体の知れなさをたっぷり経験した小舟の終着点がこんなにシンプルな場所だったとは! 言葉が書かれていない分、想像の余白が大きい。