『マザー・マーダー』
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マザー・マーダー 矢樹(やぎ)純著
[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)
◆愛するがゆえの醜悪さ
近年、優れた短編ミステリーの書き手として注目を集める、矢樹純の新作が刊行された。全五話で構成された、連作短編集である。
冒頭の「永い祈り」は、ローンのある一軒家で、夫と一歳の娘と暮らす、専業主婦の佐保瑞希が主人公。隣家の梶原美里から騒音クレームを受けたが、実際に怒っているのは彼女の息子の恭介らしい。隣家を気にしながら暮らしていたが、新たな問題が持ち上がった。夫の収入が減り、ローンの返済が苦しくなったのだ。働いていたときの部下で、今はネットショップをしている彩香を頼り、仕事を手伝うことになった瑞希。だがそこでもトラブルが起こり、彼女は追い詰められていく。
どんどん悪くなる主人公の状況を、作者は巧みに表現しながら、次々と意外な事実を明らかにし、ラストで特大のサプライズを爆発させる。ミステリーの焦点はそこだったのかと納得した後、見事な騙(だま)しのテクニックに感心した。
続く「忘れられた果実」は、病院で看護助手として働く相馬が、離婚した後に亡くなった元夫の隠し子と、遺産にまつわる騒動に巻き込まれる。こちらも物語の後半で、意外な事実が明らかになる。しかも二段構えだ。どんでん返しの連続を堪能した。
さらにこの話にも、美里が脇役で登場していることに注目。なるほど、彼女と、存在するのかどうか分からない恭介が、全体を貫く縦糸になるのかと予想した。それは当たっていたのだが、第三話「崖っぷちの涙」から一気に、梶原家の物語に突入したので驚いた。極限サスペンスやロジカルな謎解きなど、各話で読み味を変えながら、第五話「Mother Murder」で、衝撃的な真実が明らかになるのだ。ダメ押しともいうべき、ラストの一撃も凄(すさ)まじい。
その一方で、母と子というテーマが、五つの物語を通じて多角的に浮かび上がるようになっている。子供を愛するがゆえに、どんなに醜悪な行為も辞さない。作者は本書で、暗黒の母性神話を生み出したのだ。
(光文社・1760円)
1976年生まれ。小説家、漫画原作者。著書『夫の骨』など。
◆もう1冊
新津きよみ著『妻の罪状』(実業之日本社文庫)。家族が題材のミステリー短編集。