新人・ベテラン問わずエンタメ小説の傑作が目白押し 書評家・末國善己が紹介する9作とは

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  • 陽だまりに至る病
  • 致死量の友だち
  • 彼女。
  • 漆花ひとつ
  • 晴明の事件帖 消えた帝と京の闇

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ニューエンタメ書評

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

すっかり初夏の日差しが感じられる日々の中、小説界も新人作家によるフレッシュ且つ斬新な作品から、ベテラン作家の大作まで、傑作が目白押しです。今回は書評家・末國善己氏おすすめのエンタメ小説9作をご紹介。

* * *
 神奈川県警の仲田、真壁が日本の社会問題に迫るシリーズの第三弾となる天祢涼『陽だまりに至る病』(文藝春秋)は、新型コロナのパンデミックによる社会の変容を的確にとらえた社会派ミステリである。

 小学五年生の咲陽は、クラスで浮いている小夜子が自宅から見えるアパートに住んでいることに気付く。困っている人は助けなさいとの母の言葉に従い小夜子の部屋を訪ねた咲陽は、父が帰ってこないという小夜子を部屋で匿うことを決める。両親が感染を恐れ他人が家に入るのを警戒するなか、咲陽が必死で小夜子を守る前半は、小さな冒険を描く青春小説のような面白さがある。やがて小夜子の父がコロナで困窮しパパ活を行なっていた女性を殺害した疑惑が浮上、両親がコロナの直撃を受けた咲陽もいつ生活が破綻するか分からない状況になる。

 二転三転する物語は、新型コロナが改めて浮き彫りにした想像力の欠如を徹底して暴いていく。その先にタイトルが暗示する結末を置いたのは、厳しい現実に対する著者のささやかな異議申し立てのようにも思えた。

 田辺青蛙『致死量の友だち』(二見書房)は、誰にとっても身近ないじめを題材にしたミステリである。

 学校で壮絶ないじめを受け、被害者なのに教師からも母親からも責められ自殺を考えていたひじりは、美しいクラスメイトの夕実に声を掛けられる。同じくいじめの標的になっていた夕実は毒物に詳しく、ひじりは毒を使った復讐計画に誘われる。致死率が高い農薬を盗む、毒がある植物を採取するなど、夕実が出したテストに合格したひじりは強く美しい夕実への依存を強めていく。

 順調に進んでいたかに見えた復讐だが、思わぬ殺人で計画が狂う。被害者の幽霊が出るとの噂が広まるなか、ひじりは毒物の知識を使って犯人を捜し出そうとする。

 不合理なホラーになるのか、論理的なミステリになるのか判然としない中盤以降の展開が物語に独特の雰囲気を与えており、それが心理的に追い詰められていくひじりの苦しみをより強調していた。理不尽ないじめが恐ろしい怨念を生み出しカタストロフを引き起こす終盤は、いじめの愚かさを実感させてくれるのではないか。

 先に紹介した二作にもシスターフッド(女性同士の連帯)は描かれていたが、このモチーフを正面から扱ったのが、七人の人気作家が参加した『彼女。百合小説アンソロジー』(実業之日本社)である。高校二年の椿と悠の視点をカットバックしながら進む物語に仕掛けを隠した織守きょうや「椿と悠」。作家になる夢を諦め就職した主人公が、同人誌に発表した小説を無断でネットにアップした犯人を捜すためかつての仲間を訪ねる円居挽「上手くなるまで待って」は、夢を追い続けるべきか、かなわなければ諦めて別の道を探すべきかの問い掛けが印象深い。憧れの先輩が九百十七円の何かを買ったと知った中学生たちが同じ物を買うべく推理をめぐらせる乾くるみ「九百十七円は高すぎる」は、数学という文字通りのロジックを使った謎解きが鮮やかだ。特に出色に感じたのは、容姿を絶賛される乃枝とイジられる真々柚──ゲーム実況者兼プロゲーマーのコンビながら対照的な二人を主人公にした斜線堂有紀「百合である値打ちもない」で、容姿による差別であるルッキズムや、シスターフッドが無価値なものと考えられ、単に娯楽として消費されている現状を見事に切り取っていた。シスターフッドは男性中心で作られてきた歴史や社会制度を問い直しているが、本書もその役割を果たしていた。

 三谷幸喜が脚本を手掛ける大河ドラマ『鎌倉殿の13人』が、人気を集めている。武士が台頭した平安末期を五作の短編でたどり、源義朝が敗れ息子の頼朝が伊豆へ配流された平治の乱も描かれる澤田瞳子『漆花ひとつ』(講談社)は、大河ドラマの前史となっている。

 平正盛に追討された源義親を名乗る男が、京に二人も現れた。子供たちに頼まれ少女の絵を描くことになった僧が、女性を知るために近付いた傀儡女が欲しがっていた一方の義親の絵を渡す表題作、夫に去られ宮中での身分も低い女医師が、摂関家を後ろ盾にした鳥羽上皇の皇后ながら、白河院の権勢を背景にした別の后・璋子に押されている泰子の担当を命じられる「白夢」は、周到に張り巡らされた伏線が意外な結末を導き出すミステリとしても味わい深い。遠藤盛遠が源頼政の郎等・渡辺渡の妻を斬殺するも、夫の助命嘆願もあり出家し文覚になった裏に政治的な陰謀があったとする「影法師」、平治の乱に敗れ梟首された平康忠の首を奪いにきた妻が乱の裏側を知る「滲む月」は、秀逸な歴史ミステリになっていた。

 平安末期は、力があれば栄達ができたが、判断を誤れば没落するなど従来の秩序が揺らいでいた。これが現代と重なるだけに、全編に漂う無常感が胸に迫ってくる。

 遠藤遼『晴明の事件帖 消えた帝と京の闇』(ハルキ文庫)は、都に変事を起こす蘆屋道満と戦う陰陽師の安倍晴明を探偵役に、貴重な日記『小右記』を残した藤原実資をワトスン役にした伝奇色の強いミステリである。

 晴明と実資は、源頼秀の家に呪をかけ娘を髪の毛が抜ける病にするなどした犯人、新型コロナ禍を彷彿させるパンデミックの原因などを調べていくが、呪は実際に効果を現すのでサイキックウォーズの要素もあれば、呪の実在を前提にしたロジカルな謎解きもあるので特殊設定ミステリとしても楽しめる。高校の古典の教科書に載っている『大鏡』の花山天皇出家のエピソードから始まる事件もあり、史実と虚構の融合も卓越していた。

 呪は心の弱み、醜さを糧にして成長し、禍をもたらすとされているだけに、本書を読むといつの時代も変わらない闇とどのように向き合うかを考えてしまうだろう。

 第一三回日経小説大賞を受賞した夜弦雅也『高望の大刀』(日本経済新聞出版)は、桓武平氏の祖ながら謎が多い平高望の生涯を伝奇的な手法で追っている。

 桓武帝の曾孫だが無位無冠のまま苦しい生活を送る高望は、大刀で弓の名手に勝てば武官に任じるといわれた。賭場で資金を作り武器屋に行った高望は、くの字に反った異形の刀に魅了される。その刀は蝦夷刀で、俘囚(恭順した蝦夷)の女刀工が打ったという。女刀工に製作を頼んだ大刀で勝負に臨んだ高望は相手の矢を次々と両断するが、弾いた一本が帝を傷つけた。謀反の罪で配流された坂東で自分を陥れた謀略を知った高望は、虐げられていた坂東の人たちと共に反抗の狼煙を上げる。

 高望が学問をする機会を逸するほど困窮し、坂東が中央に搾取されている構図は、生まれた環境で教育に不平等が生まれ、中央と地方の格差が広がる現代に近い。迫真の活劇を通して持たざる者たちの怒りが活写されていくだけに、高望の活躍は痛快に思えるのではないか。

 この他にも新人賞を受賞した作品が続々と刊行されたが、最新テクノロジーを活用したミステリが目についたので、最後にまとめて紹介したい。

 第九回ハヤカワSFコンテスト優秀賞を受賞した安野貴博『サーキット・スイッチャー』(早川書房)は、人工知能(AI)による自動運転が普及した近未来を舞台にしたSFミステリである。自動運転アルゴリズム開発のトップ企業の坂本義晴社長が乗る車が、ジャックされた。坂本を拘束し尋問の生配信を始めた犯人は、妨害が入れば爆弾を爆発させるという。機械が苦手なベテラン刑事の安藤太一は、世界的動画共有サイトの日本担当で、坂本の大学の先輩でもある岸田マリと捜査を進めていく。

 ハリウッド映画を思わせる圧倒的なスペクタクルから始まる物語だが、犯人の目的が明らかになるにつれ、経済効率を優先する現代社会が抱える闇が暴かれ、テクノロジーはこうした社会問題を解決できるのか、助長するのかも議論されることになる。AIが人間の仕事を奪うのも間近といわれているだけに、テクノロジーと倫理の関係に切り込んだ本書が書かれた意義は大きい。

 第二五回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した大谷睦『クラウドの城』(光文社)は、まずはIT社会を支えるデータセンターを舞台にした斬新さに驚かされた。

 イラクで恋人を亡くした元傭兵の鹿島は、脳腫瘍で余命宣告をされた恋人・可菜の故郷である函館近郊にアメリカ企業のソラリス社が建設したデータセンターの警備員になる。勤務初日、セキュリティーシステムが厳重に監視する密室状態のデータセンターの一室で、ソラリス社幹部の死体が見つかる。続いて建築作業員が、密室の中で高所作業車で吊り上げられた死体で発見された。

 暗い過去を背負った鹿島はハードボイルドの探偵を思わせるが、謎解きは本格ミステリなのでギャップも面白い。事件の背景には、地方の若者が抱く閉塞感、その状況を打開するための企業誘致がもたらす地域の分断が置かれており、アクチュアルなテーマの設定も鮮やかだ。

 第八回新潮ミステリー大賞を受賞した京橋史織『午前0時の身代金』(新潮社)は、クラウドファンディングで身代金を集める前代未聞の誘拐事件を描いている。

 詐欺グループの受け子をしていた専門学校生の本條菜子が、新米弁護士の小柳大樹に相談した直後に姿を消し、誘拐犯がクラウドファンディングのサイトで十億円を集める要求を出した。そのサイトを運営するIT企業の顧問弁護士は大樹の上司で、犯人が狙ったのは菜子ではなく、IT企業ではないかとの情報も飛び交う。

 ネット社会で劇場型犯罪が起きたらどのようなリアクションがあり、それが捜査や社会全体にどのような影響を及ぼすかが緻密にシミュレートされており、そのリアリティーがノンストップで進む物語をよりスリリングにしていた。

協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2022年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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