『刑事弁護人』
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ミステリーの枠を超えて著者が描いた“罪と罰”
[レビュアー] 瀬々敬久(映画監督)
薬丸岳氏は一貫して犯罪被害者と加害者の関係を描いてきた。
最初に読んだのは処女作『天使のナイフ』。少年犯罪と、その後の被害者遺族と加害者の関係が描かれていた。彼の小説を二度映像化したことがあるが、どれも同じテーマが扱われていた。
被害者は加害者をどうやれば赦すことができるのか。加害者は本当に更生できるのか、罪を償うとはどういうことなのか。
『刑事弁護人』は構想17年。これだけは書かないといけないと思ってきた主題がある筈だ。
それは「国家」ではないだろうか。国という制度の中で生活している我々には、「罪と罰」にまつわる事象が、被害―加害関係の当事者性の問題で終わることはない。そこには法が介入し、犯罪者を罰するのは被害者ではなく法=国家という見えないものになってしまう。僕自身も映画でこういう題材を扱う時、法律の介在で、被害―加害の問題が棚上げされ「罪と罰」という根源的なテーマがぼやけてしまう思いを何度かしたことがある。そこに薬丸さんは今回挑戦したのだと思った。
物語の発端は、女性警察官が起こしたホスト殺害事件であり、一見、単純かと思われた事件が、幼児が関係する二つの事件を背景とすることが徐々に分かってくる。本作がミステリーである以上、内容の詳細については省くが、事件の経緯や犯人については小説の中盤で判明してしまう。それからが本作の醍醐味であり、著者の真骨頂となるのだ。
薬丸さんは常に性善説に立っていると思う。犯人はいつも悪そのものではない。犯した罪に悩み苦しんでいる。その情感がミステリーという形の中で描かれる。これまでは、その情動が物語より勝ちすぎている印象の作品もあったが、今作は徹底して物語で押す。非情と言っていい強度と凄みを持った文体でぐいぐい進めていく。驚くことに、その果てでミステリーという枠を超え「罪と罰」を中心とした人間の所業を描いた総合小説にまで至っている。それは人間への信頼と尊厳へ繋がっている。
「罪を犯した者に自分がやってしまったことを深く考えさせ、事件と向き合わせ、二度とこのような過ちを起こさないように諭せるのは、被疑者や被告人の言葉に必死になって耳を傾けた、最も身近にいる弁護人だけではないだろうか」
この言葉から窺えるのは、法治国家を法という機能の側で見るのではなく、それを扱う人間の側から見ようとする徹底したヒューマニズム。薬丸岳さんを信頼する理由がそこにある。