“ジャニーズの子”から文壇を担う作家となった加藤シゲアキが明かす 作家デビューから9年感じていた「ある思い」

インタビュー

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チュベローズで待ってる AGE22

『チュベローズで待ってる AGE22』

著者
加藤 シゲアキ [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101040219
発売日
2022/06/27
価格
605円(税込)

書籍情報:openBD

チュベローズで待ってる AGE32

『チュベローズで待ってる AGE32』

著者
加藤 シゲアキ [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101040226
発売日
2022/06/27
価格
737円(税込)

書籍情報:openBD

加藤シゲアキ『チュベローズで待ってる AGE22・ AGE32』文庫化記念インタビュー “ジャニーズの子”から文壇を担う作家へ

[文] 新潮社

単行本刊行から5年、『チュベローズで待ってる』二部作が文庫化! 大幅な改稿作業で作家としての成長を実感し、「小説を盛り上げたい」と語る加藤シゲアキが、作家デビューからの9年間を振り返りながら、物書きとしてのプライドと展望を語った。

加藤シゲアキ・インタビュー「“ジャニーズの子”から文壇を担う作家へ」

――二〇一七年に刊行した『チュベローズで待ってる』がいよいよ文庫となりましたね。

自分ではあまり文庫化のタイミングを考えていなかったので、単行本を刊行してから時間が経ってしまいました。文庫にするなら手直しが必要だなと思っていたんです。そのためのまとまった時間や、小説を書くための筋肉をつける必要もあったので、時間がかかりました。

――筋肉ができた、と感じたのはいつだったのですか。

二〇二〇年に出した『オルタネート』を書いた時が、自分の文章の変わり目だったと思います。自分の中では『オルタネート』以前、以後という感覚があります。その頃にようやく、小説は全編力んで書くものではないんだとわかってきたんですよ。肩の力を抜いて書いた『オルタネート』で吉川英治文学新人賞を受賞したので、その感じ方は正しかったんだと思いました。それで、今なら「チュベローズ」も書き直せるなと思って取り掛かりました。

――本作は二部構成。第一部「AGE22」で主人公の金平光太は二十二歳。就職活動に失敗して自暴自棄になっていたところ、ホストにスカウトされ働き始める。クセのある夜の世界の人々や年上の女性、美津子との出会いを経て成長していく。第二部「AGE32」はその十年後の話で、驚くべき展開が待ち受けていますね。第一部は「週刊SPA!」に連載され、第二部は書き下ろしです。そもそも、この企画が持ち上がった経緯は。

「SPA!」から連載の依頼があったんです。その時はKADOKAWAさん以外で連載を書いたことがなかったので、まず試しに短篇を掲載することになって。「SPA!」はサラリーマンの読者が多いというけれど自分は会社勤務の経験がないな……などと考え、脱サラする人の話を書いたんです(『傘をもたない蟻たちは』収録の「Undress」)。それが評判がよかったので、長篇をやることになりました。

脱サラの話はもう書いたので、次はサラリーマンになれなかった人にしようと考えたんですね。それと、「SPA!」って昼の雑誌じゃないな、って(笑)。夜のイメージならホストかなと発想していきました。ホストの経験はありませんが、僕も女性ファンの方と接するし、自分を商品にするところは近いので、換骨奪胎して描けるんじゃないか、というのが最初の動機でした。第一部は連載、第二部は書き下ろしにすることもはじめから決めていました。

――第二部で光太は三十二歳となり、ゲーム会社に就職していますが、やがて衝撃的な真実が浮かび上がりますね。

ホストとしての経験がサラリーマンとしても役立つという、青春成功小説が面白いだろうと考えていました。でもそれだけだと予定調和じゃないですか。それを壊したくて、第二部はああした展開にしました。

最後に驚きがあったり、主人公が自分のこれまでを辿り直すところはデビュー作の『ピンクとグレー』の頃から同じなんですよね。自分は同じ構造を繰り返しやっている気がします。

――伏線の回収も見事です。連載を始めた時点で、どこまで細かなプロットができていたのですか。

短いプロットは作りましたが、そこまでは具体的に決めていませんでした。一番驚く真相はなんだろうと考えながら書き進めました。

――光太は母と妹との三人家族。学生時代は経済的に苦しく、バイトと家事と妹の世話に追われている。今思えばヤングケアラーの話でもあったな、と。加藤さんの、時代に対する観察眼を改めて実感した次第です。

意図していませんでしたが、なにか実感があったんでしょうね。でも、作中に書いた圧迫面接なんかはあの時代の一瞬だけの傾向だった気もして、文庫ではもう少しリアリティのあるレベルに直しています。

――文庫化に際して、かなり改稿されていますよね。

全体的に調整しました。当時は話がどこに向かうか、何が伏線になるのかもわからないように書くのが面白いだろうと思って、かなりいろんな要素を盛り込んだんです。でも読み返して、もう少し綺麗に盛り付けてもいいかなと思って、道路を舗装したというか。後半の女子高生失踪事件なんかも編集者からの提案で削除しましたし。

――改稿では足す作業よりも引く作業が多かったわけですか。

そうですね。描写もスマートな短い表現に入れ替える作業が多かったです。ただ、失踪事件にしてもただ削除すればいいというわけではないので、その分書き足さなければならないところもあって苦労しました(笑)。

――作家に話を聞くと、キャリアを積むほどに文章を短くするようになったという人が多いのですが、加藤さんもそうなんだなと思って。

作家の方と話していると、みなさん「少ない言葉で書きたい」っておっしゃいますよね。中村文則さんなんて「俳句みたいな文章にしたい」と言っていました(笑)。最初は「それってどういうことだろう」と思っていましたが、ようやくわかってきました。でも、ただスルスル読めるだけの文章にもしたくないんですよね。リズムを作るためにひっかかりを作りたい場合もあるし、そういうことが作家性に繋がるとも思う。

でも肩に力が入っていた頃は、ひっかかりを作ろう、作ろうと思って書きこんでいたんです。それでつんのめってしまっていました。「オフロードって楽しいでしょう?」と思っていたけれど、やっぱりオフロードがずっと続くと疲れるんですよね。全体的に舗装しながらも、曲がり角があったりトンネルがあったりする楽しさもあるし、ここは砂利道で合っています、という時もあるから、その時々で適した道路を選ぶということがやっとわかってきました。わかるのに十年かかりました。

――改稿作業で、自身の成長を感じました?

すごく感じました。「チュベローズ」を読み返した時に、たった五年の間でも、文章ってこんなに変わるんだなと思いましたし。その間に何冊も出していたわけではないですけれど、連載などでポツポツ書いているうちにやっぱり変化するんですね。作家の人って、みんな自分の中に編集者がいると思うんですが、僕の場合、その編集者が育ってくれた感覚です。

――加藤さんの作品は、「チュベローズ」をはじめ、他の作品でも“人生の選択〟が重要なテーマになっているなと感じます。

そうですね。確かに「チュベローズ」を書いている間、人は自分で人生の大きな選択をしているつもりでいても、実は選択させられているんじゃないか、という思いがありましたし、今回読み返してもそう感じました。物語上の必要でそうなることも多いですね。主人公自身の動機だけでなく、そうせざるを得ない状況になったほうが物語が動く。僕の書く主人公って、自分からリーダーシップを取るというより、だいたい腰が重くて、何かに引っ張られて行動する人が多いんです。たぶん僕がそうなんだと思います(笑)。

――加藤さんご自身は芸能界で活動しながらも小説を書くと決意するなど、人生の選択をしてきたのでは?

選択をさせられているけれどやるのは自分、という感覚です(笑)。小説についても「書くの? 書かないの?」と訊かれて「書きます」となって。自分としては「書かない」と言うほうが難しかった。で、いざ書くとなったらもう大変で。

二つ目の代表作『オルタネート』

――多忙ななか、デビューから最初のうちは年一冊新作を発表してきましたし、『オルタネート』は直木賞の候補となり、吉川英治文学新人賞を受賞。十年のうちにちゃんと成果を生み出していますよね。賞にノミネートされた時は、どんな思いがありましたか。

自分の小説が、あの選考委員の方々に読まれることがあるんだ、って思って。いつも直木賞の選評はすごく楽しく読んでいたんですが、当事者になるとこんなに苦しいのかとも思いました(笑)。厳しい意見も含めて、選評を読めるのがありがたかったです。直木賞では宮部みゆきさんらが褒めてくださったり、吉川新人賞では恩田陸さんや伊集院静さんが推してくださったりしたのも本当に嬉しかった。

――吉川英治文学新人賞受賞が決まった時、達成感はありましたか。

達成感よりは、「スタートした」という感じでした。今まで出版社主催の賞もいただかずにいろんな媒体から書く場を与えてもらって、なんだか横入りした”外様〟という感覚だったんです。外様に優しい世界だなとも感じていました。外様だからこそ頑張って何かの文学賞を獲らなければいけないという気持ちもあり、そう思うのもそれはそれで失礼かなという気持ちもあり。それで、とにかくいいものを書こう、若い人に届くものを書こうと思って賞を意識せずに書いたのが、『オルタネート』でした。それが受賞したのだから、不思議ですよね。

今はようやく予選を勝ち抜いて本選がスタートした感覚です。インターハイで頑張っていたのが日本代表になって世界と戦う空気になったというか。ここからのほうが大変な気がします。

――では、もう外様とは感じてないですよね。

ないですね。それよりも作家として、ちゃんと伝えたい思いを芯に持っていないといけないし、そのために人間を見つめよう、自分を見つめよう、社会を見つめようという意識がはっきりしてきたかな、と思います。

――社会を見る目はこれまでも持たれていた印象ですが。

今までは、そういうことをやらなきゃいけないんだ、という意識があったんです。でも今は、作家とはそういうものだって、堂々とできるようになった感じがします。かといって、社会的な問題を無理に描こうと意識しているのではなく、必要あらば書く、という感覚です。

たとえばポリコレにしても何かハラスメントにしても、誰が見ても「これは駄目だよね」という基本ってありますよね。そういう基本的な前提は社会と接してないとわからなくなる。そこは意識しておこうと思います。先日「タイプライターズ」にゲストで来てくださった浅田次郎先生も「(作家に)社会性は必要だ」とおっしゃっていましたし。

――「タイプライターズ」は加藤さんがMCで、作家をゲストに招いてトークするテレビ番組。いろんな作家との出会いがありますね。

この間は浅田先生のほかに、昨年『このミステリーがすごい!』大賞でデビューしたばかりの新川帆立さんも登場してくれて、「先輩」って言われたんですよ。ああ俺、先輩って呼ばれるようになったのかと思って(笑)。

――この先、加藤さんを目標にする後輩作家もたくさん出てきますよ。

昨年『檸檬先生』でデビューした珠川こおりさんから、『ピンクとグレー』を読んで自分も小説を書こうと思った、って言ってもらえて嬉しかったです。

――加藤さんはデビューした頃、「ジャニーズ像を壊したい」「新しいことをやってみたい」とおっしゃっていましたよね。

自分としては、スクラップ&ビルドのつもりだったんです。でも、今振り返ってみると、ただただビルドされていっただけだったという。自分が壊したいと思っていたものって、自分の中にしかなかったのかな、と思いました。今でも「ジャニーズの子が小説を書いている」って思っている人はいるだろうけれど、「作家の加藤シゲアキ」としてのイメージも持たれてきた感じがあるんです。自分も今は小説を書く時、ジャニーズだという意識から完全に切り離されています。

代表作がデビュー作だけではなくなって、「『オルタネート』の加藤さん」とも言われるようになったのも大きいですね。自分が今まで書いてきた小説は全部好きだけれど、わかりやすい代表作の二つ目が生まれたことで、ちゃんとまだ続けられると思いました。やっぱりお呼びがかからない限りは書けないので。

今は逆に、事務所から書き手として見られたりするんです。僕の「染色」という短篇(『傘をもたない蟻たちは』所収)を舞台化する時も、事務所から「じゃあ自分で脚本を書いてみて」と言われて書きましたし。

――活動の場を広げていますね。

今って漫画やゲームなどいろんな楽しみがあって、いろんなファンダム(その分野の熱心なファンの集団)がいますよね。そのぶん小説は読まれにくくなったと言われているなかで、自分の立場で、小説をどう盛り上げていくかは考えていきたいです。メディアミックスを率先してやっていきたい。小説はわかる人にだけわかるメディアだと言っていると、長い目で見たら自分たちを苦しめていきますから。

――今後は、どんな小説を書いていきたいですか。

まだ書いていないものが多いんです。できることが増えてくると、やりたいことも増えてくる。『ピンクとグレー』の頃は人物を書き分けられないことが悩みで、人物をいろいろ書けるようになると群像劇を書くようになって、ついつい登場人物をたくさん出すようになったりして(笑)。だから、ネタ切れってないんですね。書いているうちにどんどん、次に書きたいことができてくる。

最近は年齢によって書けるものが変わるとも自覚しています。『オルタネート』も高校生の恋愛を描くなら今がギリギリ最後の年齢だなと考えて書いたんです。思った以上に評価されたのでまた高校生を書くかもしれませんが、その年代にしか書けないものは絶対にあるから、作家って一生書いていけるんですよね。等身大の自分を書くとなると、年代ごとに違ってきますし。今は三十代半ばの自分が見える景色を小説にできたら、という気持ちがあります。

それと最近、自分のルーツにも興味があるんです。僕は父親が岡山、母親が秋田出身で、岡山についてはエッセイなどで書いたことがあるけれど、秋田はあまり書いたことがなくて、そこに興味がありますね。

――ああ、「タイプライターズ」で秋田弁が難しいとおっしゃっていたのは、小説のことだったんですか。

そうです。だんだん小説を書く筋力みたいなものがついてきたので、自分が経験していない、過去の時代のことを調べて書くつもりです。今までよりもスケールの大きな話を考えていて、最初は「これを映像化するぞ!」と意気込んでいたんですけれど、書いているうちに「これ、映像化するには予算かかるだろうな……」と思い始めています(笑)。

「anan」で不定期連載していた小説ももう最終回を迎えるんですが、単行本にする際には改稿が必要なので、そのためのまとまった時間がとれるかどうか……。一応、来年の一月が十周年の期限なので(笑)、刊行はできなくても、なんらかの情報解禁がそれまでにできたらいいなと思っています。

インタビュー・構成 瀧井朝世

新潮社 波
2022年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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