『最強脳』
- 著者
- アンデシュ・ハンセン [著]/久山 葉子 [訳]
- 出版社
- 新潮社
- ジャンル
- 自然科学/自然科学総記
- ISBN
- 9784106109300
- 発売日
- 2021/11/17
- 価格
- 990円(税込)
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
厳しい時代に求められること
[レビュアー] 柳沢幸雄(工学博士。東京大学名誉教授。開成中学・高校元校長。北鎌倉女子学園学園長)
教育大国スウェーデンで小中学生10万人が読んだアンデシュ・ハンセンによる著作『最強脳―『スマホ脳』ハンセン先生の特別授業―』が刊行。脳力強化のバイブルと言われる本作について、北鎌倉女子学園学園長で開成学園前校長の柳沢幸雄さんが開成での取り組みと実感を交えながら読みどころを語る。
柳沢幸雄・評「厳しい時代に求められること」
ヒトの脳は、サバンナで暮らしていたときからほとんど進化していない、と本書は書きます。
私の専門は環境学ですが、なるほどな、と思いました。
本書ではドーパミンという、脳に「ごほうび」として働く脳内物質に触れているのですが、スマホやデジタル・デバイスを操作することでもこれが分泌されます。
「サバンナ脳」しか持ち合わせぬわれわれが、このドーパミンに過剰に晒されればある種の中毒症状を呈します。ましてや脳が未発達な子どもや若者はどうなってしまうのか。
私が校長を務めていた開成中学・高校でも、一時期、ゲームなどによって生活や睡眠のバランスが崩れ、登校できなくなる生徒が一定数、出たことがありました。その対策として、私は合格者説明会で、4月に入学する生徒に「ゲームやスマホは夜9時まで」と言うようにしていました。開成は生徒の自主性を重んじる学校ですが、まずはゲームでもなんでも時間で区切ってみることが、自律、ひいては自主性の発揮に到る、と考えていたからです。
それを思えば、ハンセン氏が住むスウェーデンは冬の夜が長い。寒ければ子どもも外で遊ぶ機会が減るでしょう。そこにゲームやスマホ、SNSが加われば、運動不足、睡眠不足、それに伴う心の不調が自然に増加することになります。著者の危機感は当然です。だからこそ運動の重要性を説く――というのは、私の経験からもうなずけます。
開成は入学以前、それも10歳になるまでに、充分に運動をしてきた子が多い。特に水泳やサッカーなど、左右対称な動きをするスポーツです。東大でも、入学者の6割がスイミングスクールに通っていたという調査があります。こうした点からも、本書の内容には納得させられます。知性の発達と運動、さらに言えば芸術活動に相関があることは、長年、教育に携わってきた者としては実感のあるところだからです。
特に、私が教えていたハーバード大学では、入学に際してその3つを重視します。面白いことに、東大でもピアノを習っていた学生がおよそ半数だそうです。開成でも、中学1年でピアノを、3年でギターを学ばせます。おかげで高校ではバンドが何十組と結成されるのですが。
今の世界は、若者たちに厳しい時代に向かっているように私には思えます。脳を鍛え、知性を磨くことで、新たな時代に立ち向かって欲しい――そう思いました。