誹謗中傷に揉まれた山田詠美という小説家の現在地

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私のことだま漂流記

『私のことだま漂流記』

著者
山田 詠美 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065295915
発売日
2022/11/24
価格
1,815円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

誹謗中傷に揉まれた山田詠美という小説家の現在地

[レビュアー] 伊藤氏貴(明治大学文学部准教授、文芸評論家)

 かつて、教科書の作成をしていた高校の国語の先生が、山田詠美の作品を入れようとすると検定に通らないとぼやいていたのを思い出す。私が教育実習で母校に戻った三十五年ほど前のことだ。不合格と判断をしたのが文部省だったのか、それに忖度した教科書会社だったのかはわからないが、デビューして数年間の山田詠美はスキャンダラスな話題と切り離すことができなかったということだ。

 主人公と作者を同一視するのが、当時の小説の読み方だった。華々しいデビュー作『ベッドタイムアイズ』も、ながらく山田自身の体験として読まれてきたのではないか。

 しかしここに、ベールはすっかり剥がされた。作家の幼少期からの生活があけすけに語られる。

 とはいえ、ある種の私小説のような赤裸々な自己暴露といった類のものではない。子どもの頃から何を読み、何を体験し、それが山田詠美という一つのブラックボックスの中でどのように絡み合い、醸成されて小説作品へと結晶化していくのかが、あくまで明るい筆致で綴られる。とりわけ、デビュー直後にはじまった誹謗中傷と向き合ってきたところが山場と言えるだろう。日本人女性が黒人男性と恋をし、性についてあけすけに語ることを当時の社会はどう見たのか。

 そこから時代は移り、本書にあるとおり、本は売れなくなり、文学は死んだとも言われたほどだが、それでも小説家を目指す者はあとを絶たない。そのなかで、実際に小説家になり、また小説家でありつづけるために必要なことについても語られている。小説家志望者にとっては必読だ。

 今や旧師の嘆きは過去のものとなり、山田詠美を教科書に載せるのに何の支障もない。しかし山田の生きざまを見るに、小説家たるために必要な根幹は何も変わっていないように思われる。

新潮社 週刊新潮
2022年12月15日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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