<書評>『東京彰義伝』吉森大祐(だいすけ) 著

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東京彰義伝

『東京彰義伝』

著者
吉森 大祐 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065290019
発売日
2022/11/09
価格
1,980円(税込)

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※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『東京彰義伝』吉森大祐(だいすけ) 著

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

◆愛情持って輪王寺宮を描く

 江戸城無血開城から上野戦争。維新を描いた歴史小説で、大きく扱われることが多い題材である。吉森大祐の新刊も、そのような物語といっていい、しかし、他の作品と違っている部分がある。寛永寺の貫主であり、上野戦争で彰義隊の旗頭となった輪王寺宮能久(よしひさ)親王(以下、輪王寺宮)をクローズアップしているのである。

 彰義隊の旗頭といってもお飾りであり、輪王寺宮は時代の流れも読めず、影響力もなかった。これが一般的な人物像だろう。だが、東京都文京区に生まれた作者は、地元雑誌に載った昭和の古老の話を読んで、輪王寺宮が江戸っ子に愛されていたことを知り、その名誉を回復しようとして本書を執筆したのである。

 しかし単純に輪王寺宮を礼賛したところで、読者は納得しないだろう。そのために作者は、物語の構成に工夫を加えた。明治十五年を舞台に、山岡鉄舟の弟子の香川善治郎が、維新時の鉄舟の功績を調べようと、当時の関係者に話を聞いて回るというスタイルにしているのである。剣客の榊原鍵吉(けんきち)や彰義隊の初代頭取だった渋沢成一郎など、さまざまな人物から話を聞くうちに、下町の湯屋(銭湯)「越前屋」の娘の佐絵と、輪王寺宮の深い絆が見えてくる。

 佐絵は作者の創作した人物だ。輪王寺宮と佐絵の出会いや、江戸っ子たちとの交誼(こうぎ)はフィクションである。だが、ここが面白い。幼い頃から人生を決められていた輪王寺宮が、裏表のない江戸っ子たちに愛すべき人間性を感じ、これを護(まも)ろうと祈りを捧(ささ)げる。彰義隊の旗頭になったのも、同じ理由だ。読者は、讃岐出身で外側の視点を持つ善治郎と一緒に、このことを理解していくのである。

 また、ポンポンと飛び出す江戸弁により、文章が小気味よく躍動している。登場人物の今後を楽しく予想せずにはいられない、開かれたラストも素晴らしかった。東京生まれの作者が、自らのルーツである江戸っ子と、彼らを護ろうとした輪王寺宮を、愛情をこめて描き切った快作だ。

(講談社・1980円)

1968年生まれ。作家。2017年『幕末ダウンタウン』で小説現代長編新人賞。

◆もう1冊

冲方丁(うぶかたとう)著『麒麟児』(角川文庫)。勝海舟と西郷隆盛を中心に江戸城無血開城を描く。

中日新聞 東京新聞
2022年12月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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