<書評>十三夜の焔(ほむら) 月村了衛 著

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十三夜の焔

『十三夜の焔』

著者
月村 了衛 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087718126
発売日
2022/10/26
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>十三夜の焔(ほむら) 月村了衛 著

2人の男の情と確執

 フランスでは裏社会、すなわち暗黒街に生きる男たちを描いた小説を暗黒小説(ロマンノワール)、映画を暗黒映画(フィルムノワール)と呼ぶ。

 時代小説の世界で暗黒小説があるとすれば、さしずめ、その先鞭(せんべん)をつけたのは池波正太郎の短篇集『江戸の暗黒街』であろう。そしてその命脈は、池波の<仕掛人>ものを経て藤沢周平の名作『闇の歯車』等に受け継がれた。

 令和のいま、この二作品と並ぶ傑作が登場した。それが『十三夜の焔』である。この一巻は私の評言を眉唾(まゆつば)に思っている方にこそ読んでいただきたい。最後のページを閉じた時、心はきっと素晴らしい作品と出会えた事の幸福感に満たされるだろうから。

 物語は天明四年五月の十三夜、番方・幣原喬十郎(しではらきょうじゅうろう)が湯島で男女の惨死体を発見するところから始まる。その傍らには血塗られた匕首(あいくち)を手に涙する男が一人。喬十郎が問い質(ただ)すと「俺じゃねえよ」と言い、男は隙をついて逃れる。喬十郎の記憶に強く残ったのは男が流していた滂沱(ばうだ)の涙。

 この作品は二人の男の長年にわたる確執と厚誼(こうぎ)、そして涙にまつわる物語である。

 逃げた男は大盗(たいとう)「大呪(だいず)の代之助」一味の千吉と判明するも、殺された女との僅(わず)かな関わりが知れたのみ。

 それから十年。喬十郎は、両替商・利兵衛となった千吉と出会い、愕然(がくぜん)とする。何故千吉は“裏”から“表”へと変貌を遂げられたのか。喬十郎は火付盗賊(ひつけとうぞく)改(あらため)長官・長谷川平蔵の助言を得て探索に当たるが平蔵の突然の裏切りにあい、左遷されてしまう。平蔵の真意は奈辺にあったのか−。

 再び時は流れ、目付として復職した喬十郎は今度こそはと千吉に肉薄するが、二人をのみ込んでいったのは“表”と“裏”の区別も無くなったいわば真昼の暗黒とも言うべき状況だった。

 作者は凡手(ぼんしゅ)なら結末に持っていくような山場を中盤に置き、物語は清濁混沌(こんとん)とした状況を叫ぶ悪党の絶叫が谺(こだま)する中、後半更(さら)に新たな人物を登場させ、物語を収斂(しゅうれん)。作中のすべての伏線を回収しつつ読者を感動へと導いていく。

(集英社・1980円) 

1963年生まれ。作家。著書『機龍警察 自爆条項』『欺(だま)す衆生』など多数。

◆もう1冊

月村了衛著『コルトM1851残月』(文春文庫)

中日新聞 東京新聞
2023年1月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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