• 十三夜の焔
  • しろがねの葉
  • 天下大乱
  • 藤沢周平「人はどう生きるか」
  • SLやまぐち号殺人事件

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縄田一男「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

『十三夜の焔』は池波正太郎『江戸の暗黒街』、藤沢周平『闇の歯車』と並ぶ江戸暗黒小説の傑作。正義を貫かんとする先手弓組・幣原喬十郎と、表と裏の世界を自在に往還する千吉との五十余年にもわたる対峙を、緊迫のタッチで描いている。この作品の面白い点は、表と裏の世界があると思っていたらその区別すら無くなっていく、真昼の暗黒が男たちを飲み込む、その過程にある。十三夜に流した男の涙を巡って、ラストは感動的な展開が読む者の胸を揺さぶらずにはおかない。

『しろがねの葉』は、一家で村を逃れた少女ウメが天涯孤独の身となり、銀山景気にわく石見で天才山師喜兵衛に拾われる場面で始まる。驚くほど夜目が利くウメは銀山のあらゆる知識を授けられ、坑道で働き出す。穴を穿つことを、単に穴を掘るというだけでなく、暗い道からやってきて暗い道へ去っていく人間というものの宿命として作品は描破。土着性とエロチシズムすら孕み、坑道を一つの胎内回帰の場として提示。異色の物語空間を構築していると言えよう。

『天下大乱』は、いちばん新しく、いちばん面白い関ヶ原合戦譚。徳川家康、本多正信サイドと毛利輝元、安国寺恵瓊サイドとの対決と書けば、後者を石田三成、島左近サイドで書いた、司馬遼太郎『関ヶ原』への挑戦であることが了解されよう。約五百ページにわたる大部で、半ば過ぎでようやく“関ヶ原”という文字が出てくると読者はゾクゾクするに違いない。作者が精魂を傾けた一巻と言うべきで、その政治性の高さとダイナミズムは、賞賛に値する。

『藤沢周平「人はどう生きるか」』は、藤沢周平作品に関する自作解説、エッセイ、インタビュー、文庫解説等をテーマ別に編集した好著。故児玉清さんの『霧の果て』の誠実な解説を読むと、あぁ、もうこの人はいないのだという二重の感慨に捉われざるを得ない。文中に挿入された〈藤沢周平が紡ぐ「人生の彩り」〉や〈名作あの場面、この台詞〉も作品への喚起力があり、この本のページを繰っていると作品のそこここが思い出され、ついつい涙もろくなってしまう。

『SLやまぐち号殺人事件』は、ペンと原稿用紙を持って入院し、二〇二二年三月、帰らぬ人となった西村京太郎の絶筆である。奇兵隊の雪冤にまつわる、SLやまぐち号とさらには乗客三十二人の消失、そして遺体の発見。加えて事件の鍵を握る、現代に生きる女性が高杉晋作に宛てた恋文の数々。作者は歴史の敗者の問題を追いつつ、「人間にとって、最大の裏切りは、『国家による裏切り』、ということです」とし、近年の作品でたびたび言及している「太平洋戦争と日本人」論へと昇華していくのは見事。

新潮社 週刊新潮
2023年1月5・12日特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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