『ルビーが詰まった脚』
書籍情報:openBD
<書評>『ルビーが詰まった脚』ジョーン・エイキン 著
[レビュアー] 中江有里(女優・作家)
◆日常の異界に身をゆだねて
「寝心地」「着心地」とは自分の体に触れる何らかの感触を指す。その前提で本書を表すならその「読み心地」はどこまでも高みに昇るような、底なしの穴へ落ちていくような、現実にはありえないのに、かつて夢の中で経験したことがある、奇妙に懐かしい心地を思わせる。
冒頭の「葉っぱでいっぱいの部屋」は心無い親戚たちと大きな館で暮らすかわいそうな男の子が主人公。ある日、館のある一室に呼ばれるように入っていく。その部屋は壁が見えないほど葉が生い茂り、真ん中には太い幹があった。
ふいに子どもの頃、家の中でかくれんぼをして遊んだことを思い出す。二部屋しかない自宅に隠れられるところなどほぼないに等しかった。だけどあの頃は不思議と隠れ場所を見つけられた。本書に収められた十編はそれぞれが隠れ場所だ。日常の隙間には異界が忍んでいて、そこに身を寄せれば姿を隠せたり、普通には出会えない誰かがいたりする。
表題作は不死鳥とルビーの詰まった義足、そして砂時計を託された医師のテーセウスの苦悩が描かれる。自分の左脚を狙う不死鳥、命の残りをあらわす砂時計、不穏な空気をまとう一作。物語の出口に向かって読み進めているはずなのに、迷い込んで出られない。読み終えて本を閉じても、物語は終わっていない気がする。
古い絵画の細部にはさまざまな意味や暗喩が込められるように、本書に登場するあらゆるものを別の何かに重ね合わせたくなる、でも、本当はそんな必要ないのかもしれない。異界に身をゆだねて、ただ楽しめばいい。ファンタジーや寓話(ぐうわ)が子供向けと思われるのは、子供の方が異界を楽しむのがうまいからだ。
上の階に悪いものがいる、と言ってきかない「上の階が怖い女の子」は単純にみえて深い。これは人の宿命だ。
命、時間、夢、希望……深読みするのも、そのまま受け取るのも読み手次第。きっと想像した結末は軽々と超えていく。
(三辺(さんべ)律子訳、東京創元社・2420円)
1924〜2004年。英国の作家。ファンタジー短編集や詩など100冊以上を出版した。
◆もう1冊
ジョーン・エイキン著『月のケーキ』(東京創元社)。三辺律子訳。