『テキヤの掟 祭りを担った文化、組織、慣習』
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<書評>『テキヤの掟 祭りを担った文化、組織、慣習』廣末登 著
[レビュアー] 高橋秀実(ノンフィクション作家)
◆社会の優しいまなざし求めて
お恥ずかしいことに、私は本書を読むまで「暴力団排除条例(略して暴排条例)」について何も知らなかった。
暴力団を取り締まるのではなく「排除」する条例。すでに全国で施行されており、私の住む市でも市民には「暴力団排除に積極的な役割を果たす」ことが義務づけられていたのだ。暴力団員は暴力団を離脱しても五年間は「暴力団員等」と見なされ、銀行口座も開けず、携帯電話も持てないという。市民は彼らと食事をすると「密接交際者」としてマークされる恐れもあるそうで、まるで村八分のように排除するのである。
「社会のまなざし」
犯罪社会学者で保護司でもある著者が憂うのはその厳しさだ。例えば、お祭りの縁日でお馴染(なじ)みの露天商、「テキヤ」の方々。ほとんどは暴力団と無関係なのに、銀行口座が解約されたりするという。ヤクザ風ということか、雰囲気で排除されてしまうそうで、著者はその誤解を解くべく本書を執筆したらしい。
テキヤはヤクザではなく、たこ焼きやかき氷などの「物を売るという、実体のある商売でしかカネを儲(もう)けない」。それぞれが「庭場(にわば)」(縄張り)を持ち、庭主が「テイタ(出店場所)」を割り、世話人が電気代やごみ処理などの共益費を徴収する。中国神話の神様である「神農(しんのう)」を崇(あが)め、親分・子分、〇〇一家という疑似家族制度を維持しながら共存共栄をはかっている。商品を通行人に「見せ」て売るから「みせ(店)」となったそうで、テキヤは「商売の原初の形態」ともいえる。実際、巻末にまとめられた「テキヤ用語一覧」を眺めると、日本人の商慣習のルーツを感じるのだ。
著者が求めているのは社会の「優しいまなざし」だろう。テキヤは前科があって生きづらい人々の「セーフティネット」にもなっているという。「兄貴」「兄弟」などの呼び名も絆を欲する人情ゆえ。ちなみに彼らは商売を「シノギ」と呼ぶ。まさに耐えしのぐようで、私たちは誰もが日々を耐えしのいで生きている共同体だということを忘れてはいけない。
(角川新書・1034円)
1970年生まれ。社会学者、犯罪社会学。著書『ヤクザと介護』など。
◆もう1冊
坂田春夫 話し手、塩野米松 聞き書き『啖呵(たんか)こそ、わが稼業』(新潮社)