ロシアで流行った「おくのほそ道」 ロシアの俳人がウクライナ戦争を「カラスの沈黙」と詠んだワケ

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ロシアに暮らす人々は隣国との戦争に何を詠み、語るのか

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

「俳句」と「戦時下のロシア」はすぐには結びつきにくかったが、最後のページを閉じたとき、ロシアのウクライナ侵攻が始まってから行き場のなかった心が落ち着き場所を見つけたように安堵した。

 戦争は始まってしまうと手に負えず、戦況を知らされても虚しさしか感じない。もし自分がロシア人だったら、という想像をしてしまうのは日本という平穏な国にいるからだろうか。世界中から矢面に立たされる惨めさや肩身の狭さを思うと、ウクライナの人々を襲っている悲劇とは別の胸苦しさを覚えてしまう。この戦いが長く人々の分断をもたらすのは間違いないのだから。

 本書は著者の呼びかけに応えた八人のロシアの俳人の句とインタビューをまとめたもので、NHKテレビで放送した内容を深めて活字にした。

「戦闘後 焼けた白樺に カラスの沈黙」

 ロシアではカラスが鳴くと不幸が来ると言われている。だが、もうそれは来てしまい、カラスは焼けた木の枝に無言でとまっている……。

「たんぽぽに青い空 至る所に ウクライナ」

 どこにでもある青と黄色の組み合わせに、ウクライナを思わずにはいられなくなった。

「ロシア世界 家族の出合いは前線に」

 ロシアの一体性を唱えたことで、家族の間にすら「前線」が生まれ、断絶が起きてしまった……。

 ある人は俳句は三回だけ飛ばせる短いばねのようなものだと語る。

 外側ではなく、内側に向かって渦を巻き、心のなかに着地し受容される。

 ロシアではソ連時代に「おくのほそ道」が翻訳されて俳句ファンが増え、ソ連崩壊後はインターネット上での創作活動が盛んになったという。

 人は現実に巻き込まれ放しでは生きていけない。状況に距離をおいて自分という器に心を収め直す必要がある。俳句がそれに役立っているとは、うれしい驚きである。

新潮社 週刊新潮
2023年4月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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