缶ビールを冷やし、テントに荷物を残したまま忽然と消えた男性の行方……捜索を打ち切られた遭難者が家族の元に戻るまで

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「おかえり」と言える、その日まで

『「おかえり」と言える、その日まで』

著者
中村 富士美 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103550112
発売日
2023/04/13
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

遭難者を発見する“だけじゃない”ドキュメント

[レビュアー] 中江有里(女優・作家)


山に捜索に入る著者(本人提供)

「せめてお別れだけでもしたい」

 いくら探しても見つからないという家族から依頼を受け、山岳地帯や里山における行方不明者の捜索を行う民間団体の活動を綴ったノンフィクション『「おかえり」と言える、その日まで―山岳遭難捜索の現場から―』が刊行された。

 著者は、医療資格保持者や山岳・登山ガイド、山岳救助経験者などで構成された山岳遭難捜索チーム「LiSS(リス)」代表の中村富士美さん。

 深い悲しみや苦しみを抱える家族をケアしながら、行方不明者のプロファイリングを元に捜索している同団体の代表が、これまで経験してきた遭難捜索の現場を詳らかにした本作を、女優の中江有里さんが紹介する。

中江有里・評「遭難者を発見する“だけじゃない”ドキュメント」

 十代の頃、映画撮影のため毎日のように山を登った時期がある。総勢五十人ほどのスタッフとともに登って下りる日々は体力的には厳しかったけど、充実感があった。山は楽しい、と心底思った。

 しかし、本書を読んで、山が怖くなった。

 山で遭難する人がいることは知っている。

 遭難し、誰にも発見されぬまま死んでいった人の孤独を想像したことがなかった。

 本書の著者は看護師。二〇一八年、捜索団体「山岳遭難捜索チームLiSS/(Mountain Life Search and Support)」を立ち上げ、山で遭難した人々を捜索する活動を行っている。

 どうして看護師が? 山岳救助隊とどう違うの? 疑問が次々に浮かぶかもしれない。

 著者は山岳救助に携わる「山の師匠」に連れられて登った山で偶然、行方不明者の遺体を見つけたことがきっかけで、国際山岳看護師の資格を取り、民間の捜索団体を立ち上げた。

 山岳救助隊は主に警察の管轄。対してLiSSは民間の捜索チーム。山岳救助隊も捜索団体も捜索するのは同じだが、前者はなるべく早く、遭難者の命を救うのが前提にある。

 一方、LiSSへの捜索依頼の多くは、山岳救助隊の捜索後、あるいは打ち切られたあとに寄せられる。事故から日時が経ち、生存の可能性が著しく低くなった遭難者を探すのも著者たちの仕事だ。

 また遭難者の発見を待ちわびるご家族の心のケアも大事な役割となる。遺留品やご遺体が見つかったことで死を受けいれたご家族の、その後の生活の立て直しもサポートしていく。

 正直、こうした仕事があることを知らなかった。また遭難者の捜索法にも驚いた。

 依頼されて、まず行うのは遭難者のプロファイリングだという。

 ご家族から聞き取るのは遭難者の名前、年齢、山登りのキャリア、性格、職業、山登り以外の趣味……癖や山を登る前にした最後の会話など、主観を入れずにそのまま記す。そうすることで事前の登山計画には書かれていない、居場所のヒントがあらわれる。

新潮社 波
2023年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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