【聞きたい。】金澤裕之さん 『幕府海軍』

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幕府海軍

『幕府海軍』

著者
金澤裕之 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784121027504
発売日
2023/04/20
価格
902円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【聞きたい。】金澤裕之さん 『幕府海軍』

[レビュアー] 磨井慎吾


金澤裕之さん

■「初の近代海軍」13年の遺産

幕府海軍。安政2(1855)年に始まった長崎海軍伝習を起点に、江戸幕府崩壊までの13年間存在した日本初の近代海軍だ。それまで戦国以来の水軍しか知らなかった人々が、どんな苦闘の末に近代的軍事組織を作り出したのか。人材をはじめ多大な遺産を明治海軍に引き継いだ組織の、濃密なドラマを描き出す。

「最初は幕藩制国家という近世的体制の中で、技術だけを導入しようとしました。しかし、身分に基づく士官任用では、蒸気船を動かすことができなかった。そこで幕府全体からは嫌がられつつも、海軍という組織の単位で近代化が志向されるようになりました」

能力さえあれば、生まれを問わず艦を動かす士官になれる。だが、そうした近代的能力主義の採用は、家格や家の由緒で人生が決まる封建社会の秩序を突き崩す原理の導入でもあった。最終的には慶応4(1868)年2月に身分や出自に縛られない人事制度が確立され、装備の洋式化に留(とど)まらない近代海軍化が達成されたが、幕府の自壊はすでに目前に迫っていた。

「この時代、さまざまな現場で従来の近世的な仕組みではやっていけない事態が生じ、それが下から近代を生み出した面があります。特に軍事では、限定的に始められた近代化が、国家体制そのものの転換を促したともいえるでしょう」

従来の研究では、「幕府海軍の軍事的な側面に、あまりにも目が向けられていなかった」と語る著者は、2度の海上幕僚監部勤務経験を持つ現役の海上自衛隊幹部であり、慶応大大学院で近世史を専攻した歴史研究者でもある。現在は防大で軍事史を講じるが、学生にこう説いているという。

「全く異なる軍事技術に直面した当時の日本の事例は、いま時代の転換点に生きている君たちが施策を考える上でも、参考になるはずだよ、と」(中公新書・902円)

磨井慎吾

   ◇

【プロフィル】金澤裕之

かなざわ・ひろゆき 防衛大学校准教授。2等海佐。昭和52年、東京都生まれ。慶応大大学院修士課程修了、防大総合安全保障研究科後期課程修了。博士(安全保障学)。専門は明治維新史。『幕府海軍の興亡』で猪木正道賞。

産経新聞
2023年5月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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