『文化外交の世界』桑名映子編

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文化外交の世界

『文化外交の世界』

著者
桑名 映子 [編集]
出版社
山川出版社
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784634672536
発売日
2023/10/02
価格
8,800円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『文化外交の世界』桑名映子編

[レビュアー] 磨井慎吾

■ソフト・パワーの歴史

軍事力や経済力で相手を動かす「ハード・パワー」の外交はわかりやすい。だが、魅力的な文化や価値観といった「ソフト・パワー」も、時として国際関係で大きな影響を及ぼすことがある。

本書は、「文化外交」つまり政府機関あるいは個人による文化領域での情報発信や交流活動が、19世紀半ばから20世紀後半の国際社会でいかなる役割を果たしたかを、内外13人の第一線の歴史学者が探究した興味深い論集である。

中でも心動かされるのが、人種偏見が横行した帝国主義時代であっても、異文化体験を通じ人は認識を変え得ることが活写された部分だ。たとえば桑名映子氏は、オーストリア・ハンガリー帝国の伯爵夫人として有名なクーデンホーフ光子の夫、ハインリヒ・クーデンホーフが、外交官として明治日本をどう評価し、どんな経緯で日本の平民女性との結婚を決断したかを未公刊史料も用いて分析する。

また君塚直隆氏は、1910年から6年間、英領インド総督を務めたハーディング男爵に焦点を置く。統治者として、当時のインド人口の4割以上を占めたイスラム教徒への配慮を重ねるうち、彼が欧州中心の外交観を変容させていく過程は、特に印象深い。

そして第一次大戦後、外交は王侯貴族や外交官ら一部の階層が担う「旧外交」から、大衆の支持が不可欠な「新外交」の時代に移った。戦前戦後の英国対日外交で、文化政策の重要性が徐々に認められるさまを追ったアントニー・ベスト氏の論考は、そうした時代の流れをよく示す。一方、第二次大戦後の積極的文化外交で国力以上の国際的威信を獲得したフランスについて、イメージと実態の乖離(かいり)および行き詰まりを論じたアンソニー・アダムスウェイト氏の指摘は、発信一辺倒の文化外交の限界も感じさせる。

対等性と双方向性を重視する現在の「パブリック・ディプロマシー(公衆への外交)」は、なぜ成立したのか。文化から見た近現代外交の変容を示し、充実の内容だ。(山川出版社・8800円)

評・磨井慎吾(文化部)

産経新聞
2023年11月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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