「ドラマチックで美しい」「辛くて寂しくて泣けました」作家・青木祐子が選んだ、ひとりの夜に読みたい小説

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  • ようこそ地球さん
  • わたし、定時で帰ります。
  • 人間失格

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ひとりの夜に読みたい小説

[レビュアー] 青木祐子(作家)

「これは経費で落ちません!」や「派遣社員あすみの家計簿」などの人気シリーズを手掛ける作家・青木祐子さんが、ひとりの夜に読みたい小説を紹介します。

青木祐子・評「ひとりの夜に読みたい小説」

 皆様、ひとりの夜はお好きですか。

 何を隠そうわたしはひとりでバーベキューをした経験があります。ソロツーリング中にキャンプ場でコンロを借りたら、それがバーベキュー場のことで、しかも左右では仲良しグループが、キャッキャしながらお肉を焼いていたのです。以来、何かひとりでは無理だと思ったら、あのソロバーベキューを思い出し、なんでも平気になったわたしです。

 ひとり旅の夜、ホテルやテント、フェリーの二等席のベッドで、小説を読むのが習慣でした。そんな夜に巡り会った、思い出の小説をご紹介したいと思います。

 一冊目は星新一。言わずと知れたショートショートの名手です。昔から新潮文庫といえば星新一でした。今回お話をいただいたときに、真っ先に思い浮かんだ小説家です。

 どれを読んでも面白いのですが、中でもいくつか印象に残っているものがあります。

 ひとつが『ようこそ地球さん』に収録されている「処刑」です。遠い未来、宗教を失った地球から追放された死刑囚の話です。彼は乾いた赤い星に、銀の玉とともに放たれます。

 死刑囚たちがさまよう星で、ひとりにつき一個ずつの玉。玉にはボタンがついていて、押すとコップ一杯の水が得られます。水と栄養を得る手段は、この銀の玉しかありません。

 そしてボタンを押した何回目かで玉は爆発し、彼らは処刑されることになっています。

 思考実験のようなショートショートですが、銀の玉との対話、喉が渇くたびに自問自答を繰り返し、堪えかねてボタンを押す恐怖、そしてたどり着いた結論と、最後の一文。なんともドラマチックで美しいのです。

 収録先は別ですが、『妖精配給会社』の表題作も好きでした。宇宙からやってきた小さなペットの妖精さん。知能はないが言葉を喋ることができ、ずーっと飼い主を褒め続けます。地球人は妖精のとりことなり、ずっと自分を褒め称える言葉を聞き続けるのです。

 星新一のショートショートが出版されたのはスマホもSNSもない時代ですが、すべてが暗喩になっているようで、今読むと昔にはなかった怖さを感じます。さらっと読めてしまう話ばかりなので、あえてひとりの夜に読むことをおすすめします。

 次は、『わたし、定時で帰ります。』。著者は朱野帰子さんです。シリーズ化されていて、文庫では二作目まで読めます。

 わたしは働く女性の話が、というか働く女性が大好きで、このシリーズも初期から読んでいたわけですが、読みどころは主人公・結衣ちゃんの引いた“線”です。

 集団の中にいるからにはどこかで線を引かねばならぬ。良い悪いではなく、わたしの方針はこうと決めなくてはなりません。結衣ちゃんの線は、「定時で帰る」です。譲れない個を持っているということの尊さよ。彼女の意地を見守る気持ちで読み続けています。

 最後は、メジャーすぎて好きすぎて言うのもはばかられるのですが、太宰治の『人間失格』を挙げさせていただきたいと思います。

 ときどき自分の中で再読ブームが来ます。今年になって吹き荒れたのが『人間失格』でした。いろんな出版社のものを読み比べ、映画を観たり、漫画、解説、感想などを読みあさったりしたわけですが、読めば読むほど大庭葉蔵、彼の孤独が染みて染みて、辛くて寂しくて泣けました。短い話だというのに、名作というのは伊達じゃないと思いました。

 何が辛いって、どの解説でも感想でも、誰も大庭葉蔵の話をしないことです。こんなに有名な作品の主人公なのに。自伝的な小説で、作者の人生が小説以上に劇的だというのは認めますけれども、葉蔵の立場になってみれば、メタな意味でも孤独だなんてあんまりです。わたしだけは、太宰治でなくて葉ちゃんを愛してあげよう。そう思いました。

 ソロバーベキューの夜も、ひとりで焼きそばを作りながら、物語を胸の奥で反芻していたように思います。せめてもっといいお肉を買えばよかったと思った。そんなわたしに、左右のキャッキャグループは、これどうぞと分厚いお肉を分けてくれたのでした。

 星の綺麗な夜でした。何を読んだのか忘れましたが、あの日の物語も美しかったはずです。もうひとりでバーベキューをすることはないだろうけれども、あの夏の夜を超えて、わたしは少し強くなったように思うのです。

※[私の好きな新潮文庫]ひとりの夜に読みたい小説――青木祐子 「波」2023年7月号より

新潮社 波
2023年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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