「ジュニアアイドル」だった少女が成長、過去の仕事はポルノだったかも…衝撃の芥川賞候補作【夏休みおすすめ本BEST5】

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  • グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船
  • 成瀬は天下を取りにいく
  • ##NAME##
  • 可燃物
  • 蒸気駆動の男

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大森望「夏休みおすすめ本BEST5」

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 真夏の空には飛行船がよく似合う。1929年8月、米国レイクハーストから地球一周の旅に出た世界最大の飛行船グラーフ・ツェッペリン号(LZ-127)は、大西洋を横断し、ドイツで燃料を補給。シベリアを越えて、茨城県土浦市の霞ヶ浦飛行場に着陸した。ひとめ見ようと集まった見物客の数は約30万人に及んだとか。高野史緒の文庫書き下ろし長編『グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船』は、幼い頃この飛行船を見たという不可解な記憶を持つ17歳の少年と少女が主人公。別々の歴史をたどった2021年の土浦に生きる、出会うはずのない二人を、巨大飛行船が魔術的に結びつける。青春SFとしてはもちろん、土浦小説としてもすばらしい。

 対する宮島未奈のデビュー作『成瀬は天下を取りにいく』は、滋賀県大津市の膳所に生まれ育った少女・成瀬あかりを描く連作集。中でも、第20回「女による女のためのR-18文学賞」大賞に輝いた巻頭作が絶品だ。中2の夏休み前、成瀬は友人に向かって、「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」と宣言する。

 西武といってもライオンズではなく、閉館が決まった地元の百貨店・西武大津店のこと。名残りを惜しむべく、成瀬は毎日この店に通い、地元TV局帯番組の中継コーナーに映り込むと決意したのである。

 素っ頓狂な成瀬の行動につきあって読み進むうち、「自分も何かしなければ!」と、いてもたってもいられない気持ちになってくる。今年前半の話題をさらった鮮烈すぎる青春小説だ。

 作詞家として知られる児玉雨子の『##NAME##』は、第169回芥川賞候補作。題名は、主人公の名前を読者が好きに設定できる「夢小説」(主に女性向けの二次創作)サイトで、何も設定しなかったときの名に由来する(「名無しさん」や「ああああ」みたいなもの)。

 主人公・石田雪那は、小学生のときからジュニアアイドル専門の芸能事務所に所属し、「石田せつな」の名で活動。テレビCMに出演したこともあるが、母親の期待に反して事務所を辞めてしまう。大学生になった彼女は、児童ポルノ禁止法改正を経て、自分の仕事の一部(スクール水着の上からセーラー服を着せられる撮影とか)が“児童ポルノ”だったかもしれないことに気づく。いまだに追いかけてくる過去とどう向き合うべきか? きらきら輝いていたあの頃は“闇”だったのか? ゼロ年代後半の少女文化を瑞々しく描きつつ、ヒリヒリするような生々しさで個人と社会の関係に迫る衝撃作だ。

 米澤穂信『可燃物』は、群馬県警捜査第一課の葛(かつら)警部を主役とする全5話の警察ミステリ。地道に証拠を集めていく警察捜査のリアルな描写と本格ミステリならではの名推理を両立させる離れ業が光る。表題作の事件は、太田市の住宅街で連続して起きた不審火(収集日の前日に置かれた生ゴミの袋に火がつけられる)。犯人の目的は何か? 名探偵(=葛警部)の推理が意外な真相をあぶり出す。

 最後の一冊『蒸気駆動の男 朝鮮王朝スチームパンク年代記』は、韓国のSF作家5人が合作した書き下ろし改変歴史SFアンソロジー。史実を踏まえながら、蒸気駆動のアンドロイド(汽機人)を軸に読み替えたもうひとつの李氏朝鮮が魅惑的に描かれる。

新潮社 週刊新潮
2023年8月17・24日夏季特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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