ジュニアアイドル、児童ポルノ、イジメ「弱者」の心理と「強者」の傲慢
[レビュアー] 伊藤氏貴(明治大学文学部准教授、文芸評論家)
塾の先生による盗撮や、芸能事務所の社長による性暴力など子どもの性的搾取が世間を賑わせているが、ジュニアアイドルというものはかなりグレーな領域のようだ。
本書の主人公がジュニアアイドルになったのは、小学生のときだった。だが、水着を着せられ、白いアイスキャンディーを舐めさせられたりすることの意味に気づいたのは、中学生になり、〈死ね〉〈変態〉というメールを部活の仲間から送られるようになってからだった。
辞めたいと思っても母親の期待を感じてなかなか踏み切れずにいたが、あるとき一年上の事務所の先輩から、「本気さ」の足りないことをなじられ、そんな態度なら辞めろと迫られた。その先輩は主人公にとって憧れで、いつも明るく能天気に見えたが、やはり水着は嫌で、学校でもいじめられていた。明るさもバカっぽく振る舞っていたのも、アイドルとしての職業意識に基づくものだったのだ。
しかしそこで辞めても、活動はデジタルタトゥーとなって後の生活を蝕む。大学に入り、家庭教師のアルバイトをしても、生徒の親に名前を検索されて、子どもの教育に良くないからとクビにされる。サークルの仲間も、それは「児童ポルノ」だったのだと決めつけ、「ちゃんとさ、怒りなよ」と煽ってくる。
われわれもまた、主人公は一方的な被害者で、これは児童ポルノまがいのジュニアアイドルの存在を鋭く非難する現代的な作品だと受け取るかもしれない。
が、それだけの読みならばまだ浅い。主人公は正論を吐く友だちに対してこそ怒りをぶちまけ、アイドルを貫いた一年上の先輩を慕いつづけるのだ。周囲でポルノだポルノだと騒ぐ他人がいなければ、それほど嫌な思い出にならずにすんだのではないか。ここには、「弱者」の複雑な心理と、彼らをひとまとめに保護して悦に入る「強者」の傲慢さが描かれている。