『或るスペイン岬の謎』
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旅は、過去の自分を滅しつつ?
[レビュアー] 柄刀一
この本には、長短いろいろですが、中編が三作おさまっています。そのように計画していたのではないのですが、できてみると、どの作品も“愛”がテーマとなりました。このように書いてしまうと照れますけど、ミステリーで扱う“愛”ですから、それは謎と悲劇の申し子です。犯人の動機であり、事件を形作る情念の伏流水です。
そして、この三作に共通するもう一点は、密室です。不可能犯罪です。どのストーリーにもその謎が登場し、これもまた三者三様、事件の舞台背景や動機とマッチする密室カラーになったと思います。
芸術大学で発生し、自殺か他殺かを迷わせる「或るチャイナ橙(だいだい)の謎」の密室は、盲点を突くけれど、犯人の日常的な咄嗟(とっさ)の工夫で作られました。
表題作、「或るスペイン岬の謎」には、二つの不可能事件が。実体なき犯人が、密室で少女を殴打し、男を死の淵から転落させたとしか思えない謎。これは、現場となった地で行なわれている“巨大人形火祭り”の勇壮さに負けない大胆不敵さを、犯人が発揮した結果です。
〈柄刀版国名シリーズ〉を締めくくる「或るニッポン樫鳥(かしどり)の謎」で描かれる密室の真相は、詩情と森の木々に囲まれた環境にふさわしく、機械的な物理トリックとは一線を画すものです。本格ミステリーでも今までちょっとなかった犯人の行動と対面できるでしょう。
森林は、山火事さえ再生のサイクルとしているそうで、そうした思いで本書の表紙カバーを見ると、慈愛の象徴であろうこの女神像は、炎に焼かれても甦(よみがえ)る不死性の象徴でもあるのかと思えてきました。主人公の南美希風(みなみみきかぜ)は、ひとまず旅を終えましたが、また炎に飛び込むことでしょう。
最後に、わがままな企画にずっと伴走してくれた編集部には、深く感謝申しあげたいです。