勇気と反骨精神にあふれたスキャンダラスな変装潜入取材録

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勇気と反骨精神にあふれたスキャンダラスな変装潜入取材録

[レビュアー] 都築響一(編集者)

「化け込み」と言われてピンとくるひとがどれくらいいるだろうか。化け込みとは変装して潜入する取材手法のこと。明治中期から男性新聞記者による化け込み貧民窟探検記が盛んになったことはご存じのかたも多いだろうが、『明治大正昭和 化け込み 婦人記者奮闘記』は女性記者による化け込みを追いかけた貴重な記録(当時の呼称に従い敢えて「婦人記者」と記されている)。

 男性記者たちが社会的な問題意識を化け込みという手法で描き出したのに対して、婦人記者たちの化け込みは風俗的でスキャンダラスな内容がほとんどで、それはもちろん女性の関心事が下世話な方面にばかり向いていたわけではなく、そんなふうに決めつけていた男性中心のメディア業界が、下世話な記事しか婦人記者に書かせなかったからでもある(いまだにその傾向はなくなっていないと思うが)。

 明治末期から昭和の太平洋戦争直前まで、新聞紙上を飾った名物婦人記者たちの、あるときは扇情的で、あるときはスリリングな化け込みぶりを紹介しながら、売れ行きに多大な貢献をしてきたにもかかわらずイロモノ企画としか見られてこなかった彼女たちの仕事が、いかに時代に先駆けた勇気と反骨精神にあふれたものであったかを伝えること。それが著者の目指した着地点なのかもしれない。

 本書の前半は婦人記者たちの奮闘ぶりを描いて、後半は「化け込み記事から見る職業図鑑」と題した長い番外編にあてられている。三味線弾き、電話消毒婦、絵画モデル、ダンサー、百貨店店員……もう絶滅した職業もたくさんあって、それは明治から昭和にいたる庶民の暮らしのカタログとして楽しく読めると同時に、女性が自活できるための職業がそんなものしかなかったという証にもなっている。フランス印象派の画家がくりかえしお針子と踊り子を描いたのと同じように。

新潮社 週刊新潮
2023年9月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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