『伝説のカルト映画館 大井武蔵野館の6392日』
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変な映画をこよなく愛する人間たちのもうひとつの日本映画史
[レビュアー] 都築響一(編集者)
学校に教えてもらったことなんてひとつもない。僕を育ててくれたのは古本屋と中古レコード屋と名画座だった。
品川のはずれの(当時は)ひなびた大井町の商店街に大井武蔵野館という特殊な名画座があった。特殊な、というのはこの名画座はほぼ日本映画に特化していて、それも東京で言えば池袋文芸坐や銀座並木座でかかる「名画」ではなく、貸しビデオ屋でも見つからないようなお宝B級映画を発掘するのが使命、みたいな貴重な名画座だったから。20代のころ大井武蔵野館や、浅草の週末オールナイト上映に通いつめて教わった日本という特殊な国の、特殊なポップ・カルチャーのありようが僕のいまの仕事に直結している。
本書は「もうひとつの日本映画史」を学ぶ道場だった大井武蔵野館の6392日に及ぶ活動をまとめた資料集。映画館の歴代スタッフ、上映技師、ファンたちの証言のほかに、よく館内ロビーの壁に貼ってあった「O.M.F(大井武蔵野館ファンクラブ)」という手書きの会報も復刻されていて、その作者がグラフィック・デザイナーで居酒屋研究家、大井武蔵野館の熱烈ファンでもあった著者の太田和彦さんだった。
著者をはじめ、映画を愛するひとがよく言う「映画館で観なくちゃほんとの映画はわからない」とは、僕はまったく思わないけれど、ネット配信でずいぶん珍しい作品も見られるなんて想像もできなかった時代に、「ここで観ないともう一生観る機会がないかも!」と思いつめたお客さんたちのかたまりが発する熱気は、名画座という場所自体が絶滅危惧種になってしまったいまは体験することすら難しい。
そしてこの本には「変な映画をこよなく愛する人間たち」の鼻息で館内になんとなくモヤがかかったような、あの名画座独特の空気感がそのまま缶詰のように封じ込められているのだった。