<書評>『J』延江浩 著
[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)
◆男女の分かり合えなさ
尼僧で高名な小説家の「J」が85歳の時、37歳のIT企業経営者「母袋(もたい)晃平」と出会う。本書は、そこから交わした5年余りの濃密な日々を、母袋のモデルになった人物の友人である著者が聞き取り綴(つづ)った1冊である。
読み手はJが瀬戸内寂聴と分かる。想像すると眩暈(めまい)がするような濃密な性愛描写ばかりが取りざたされているが、読むべきはJが生涯小説のテーマとした男と女の分かり合えなさを、晩年まで探り続けていたことだ。自分の相手ができる男を見極める目は最後まで曇らなかったのはさすがだ。母袋の前の男はいったいどうなったのだろう。
説法では人を諭し人生を説きながら、Jの人生は男を求めた末、出奔したり他の男へ走ったり、挙げ句の果てに出家したりとすべて逃げている。その劣等感の裏返しでJは“逃げない女性”の評伝を書き続けたのではないのか、とふと思う。
特殊な恋愛というなかれ。超高齢化社会では、当たり前のことになるのかもしれない。
(幻冬舎・1760円)
1958年生まれ。TOKYO FMゼネラルプロデューサー・作家。
◆もう一冊
『新装版 かの子撩乱(りょうらん)』瀬戸内寂聴著(講談社文庫)。作家・岡本かの子の評伝小説。